十一月の終わり、別の市の古物商から写真が届いた。
写っているインパクトドライバーの製造番号が、届出と合っている。九月二日に、駅東口の改装現場からなくなった物の一つだった。
男の名は最初に受け取った入場者名簿にあった。翌週には別の現場へ移った設備業者の作業員。買い取り票の記録を示すと、初めは自分の物だと言い、あとで、現場へ戻すつもりだったと言い直した。
「売ってから、どう戻すつもりでした」
戸崎が訊くと、男は黙った。
ほかの工具の行き先も、一つずつ聞いた。バッテリーは仕事で使っていた。レシプロソーは別の店に売った。もう一台のドライバーは知人に渡した。
全部が同じ所にはなかった。聞いた先を担当へ回し、戸崎は安田へ電話した。
『今、仕事中です』
「短く済みます。九月の盗難の件、あなたではないと確認できました」
『俺は、知ってましたけど』
「そうですよね」
向こうで機械の音が止まった。
『最初、俺だと思ってました?』
「思いました」
『ふうん』
「すみませんでした」
安田はすぐには返さなかった。戸崎も言葉を足さず、窓の外の駐車場を見た。
『もういいんですか、俺の方は』
「この件で、聞きたいことは終わりました」
『じゃあ、戻ります』
切れた。戸崎は通話した時刻を書き、まだ聞かなければならない番号へ掛け直した。
その日の午後、恵へ返す書類を届けた。
家の前にひと箱便の車はなかった。食卓には仕事の箱がある。恵は、まだここへ置いてるんです、と戸崎の視線を見て言った。
署で預かる物と、戻した物を確かめる。終わると、恵が箱から小さな封筒を出した。詩乃が返した二千円だった。
「使わずに、入れてました。返してきたから、返したことにしとくって」
戸崎が封筒を見ると、恵は元へ戻した。
「これは、私が持ってます」
「はい」
「あの子、会いたいって言ってるんですね」
支援担当から連絡があったという。戸崎は頷いた。
「今は、会えないです」
恵は箱の蓋を持った。
「悪いのはあの子じゃないって、分かってます。でも、顔を見たら、健の手を思い出すと思う」
蓋が斜めになっていた。戸崎は手を出さずに待った。
「今の、本人には言わないでください。責めたいわけじゃ――」
恵は止まり、蓋を置いた。
「責めたくない、のかな」
「今は会えない、ということだけ、窓口へ伝えます」
「お願いします」
恵は箱を自分の方へ寄せた。
「健なら、まあいいじゃんって言うんです。何でも。よくないんですよ、こっちは。勝手に安くするし、貸した物を忘れるし」
戸崎は、返ったドライバーの写真を思い出した。番号を控えた人がいて、見つかる物もある。
「いい人でした」
恵は言った。
「腹も立ちました。毎日」
今度は蓋が閉まった。
十二月四日、戸崎は集合住宅の階段で足を止めた。
手摺りの冷たさが、掌へ移る。寒くなってから、左脚の動きが悪い朝があった。ここへ来る前、娘との電話でも、まだ治らないのかと訊かれた。
今度の土曜、来られる?
行ける、と答えたあと、何時かを確かめた。駅をまた作ったらしい。屋根を何で作ったのか訊くと、来たら見て、と言われた。
階段の上から警察官たちが下りてきた。
「留守です」
「午後は戻るんでしたね」
「管理人は、そう聞いてると」
なくなった自転車は三台だった。同じ夜、同じ棟。見慣れない若者がいたという話は、訊く人が変わるたび、見たという人が隣へ移っていく。
戸崎は戸の番号を手帳へ書いた。
「カメラの時計を見てから、一度戻ります。午後は別の者に頼みます」
管理人室まで下り、記録を確かめた。時計は合っていた。戸崎は確認した時刻を書き、外へ出た。
駐車場では成瀬が待っていた。
「遅れました?」
「五分です」
「すみません。行きましょう」
戸崎は助手席へ乗った。十時に施設で詩乃と会う約束だった。返す物と、今後の連絡を確認する。成瀬の黒い鞄は後部座席にあり、補強した持ち手が上を向いている。
車が動き出すと、戸崎は窓の外へ目を向けた。集合住宅の階段を上る人影が見えた。さっき留守だった部屋の人かもしれないが、ここからでは分からない。
「午後の引継ぎ、済んでます?」
成瀬が訊いた。
「ええ。今、戻ろうとは思ってません」
「思っていたかとは、聞いていません」
戸崎は笑い、シートへ背を預けた。
「物置、行ったんですか」
「行きました。母に、いつまで待たせるのかと言われたので」
「赤い缶は?」
「釣りの仕掛けでした。針も、錘も。使いかけの糸も」
「捨てました?」
「母が、全部は捨てないと。妹は要らないと言いました」
「成瀬さんは」
「錘を一つ」
信号が赤になった。戸崎は、どう使うのか訊いた。
「使いません」
成瀬は前を向いて答えた。
戸崎は頷いた。信号が変わり、車は進んだ。
詩乃は返還品より先に、自分の携帯を出した。
「番号、変えました」
新しい連絡先を確かめると、彼女は同じ紙へ工房の番号を足した。来週、一度見に行くのだという。
「小暮さんのところへ?」
戸崎が尋ねると、首を振った。
「別のところです。遠山さんが、前に名前を教えてくれて」
「話は、もうしたんですか」
「一回切りましたけど。かけ直して」
詩乃は番号を見直した。
「行って、無理なら帰ります。まだ働くとは言ってないです」
「分かりました」
成瀬が返す物を載せると、詩乃は包みを開き、型紙を一枚ずつ数えた。古い携帯は袋のまま、脇へ置いた。
母親の布を出したところで、手が止まった。黄色い花柄だった。
「これ、嫌いだったんです。子どもっぽくて」
詩乃は端を返し、裏を撫でた。成瀬は一覧の印を付けずに待った。
「裏地にしようかな」
布が畳まれた。それから、全部ある、と詩乃は答えた。
持参したファイルには、小暮から戻った見本と、複写した型の一覧が入っていた。自分だけで確認済みと返すのは不安なので、相談先を知りたいという。
成瀬は支援担当者と窓口を確かめた。詩乃がメモする間、戸崎は自分の足を机の下で伸ばした。長く同じ形にしていると、まだ重くなる。
「小暮さんは、仕事は置いておくって」
詩乃が言った。
「ありがたいですけど、戻りますとは言ってません」
戸崎は頷いた。
窓の外で雨が止んでいた。詩乃は教えられた窓口へ、自分で掛ける時刻を手帳に書いた。支援担当者が、今日でも構わない、と言うと、今日は工房までの道を見たい、と答えた。
「来週、初めてだと迷いそうなので」
確認を終え、三人で玄関へ出た。
十時半を少し過ぎていた。庇から落ちた雫が、戸崎の靴の先へ当たった。詩乃は布の袋を持ち直した。荷物は多いが、片手は空いている。
支援担当者が、駅へ車で送れる、と声を掛けた。
「今日は歩きます」
詩乃は答えた。成瀬が、途中まで一緒に行こうかと尋ねる。
詩乃は一度、道路を見た。
「大丈夫です」
それから二人へ向き直った。
「迎えに来てもらう日も、あると思います」
戸崎は立ったまま待った。
「今日は、いらないです」
「分かりました」
成瀬が答えた。
詩乃は歩き出した。道の端の水を避けて少し膨らみ、袋を反対の手へ替えた。角の手前で止まって携帯を見たが、こちらへは戻らなかった。
戸崎は庇の下で見送った。つい一歩出た左脚が重く、元へ戻した。
「車、こちらへ寄せますか」
成瀬が訊いた。
「そこまでなら、歩きます」
「はい」
詩乃が角を曲がった。戸崎は鞄を持ち直した。成瀬が先に車へ向かい、彼は自分の歩幅であとを追った。