迎えのない朝

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CHAPTER 28 / 28

終章 迎えのない朝

十一月の終わり、別の市の古物商から写真が届いた。

 写っているインパクトドライバーの製造番号が、届出と合っている。九月二日に、駅東口の改装現場からなくなった物の一つだった。

 男の名は最初に受け取った入場者名簿にあった。翌週には別の現場へ移った設備業者の作業員。買い取り票の記録を示すと、初めは自分の物だと言い、あとで、現場へ戻すつもりだったと言い直した。

「売ってから、どう戻すつもりでした」

 戸崎が訊くと、男は黙った。

 ほかの工具の行き先も、一つずつ聞いた。バッテリーは仕事で使っていた。レシプロソーは別の店に売った。もう一台のドライバーは知人に渡した。

 全部が同じ所にはなかった。聞いた先を担当へ回し、戸崎は安田へ電話した。

『今、仕事中です』

「短く済みます。九月の盗難の件、あなたではないと確認できました」

『俺は、知ってましたけど』

「そうですよね」

 向こうで機械の音が止まった。

『最初、俺だと思ってました?』

「思いました」

『ふうん』

「すみませんでした」

 安田はすぐには返さなかった。戸崎も言葉を足さず、窓の外の駐車場を見た。

『もういいんですか、俺の方は』

「この件で、聞きたいことは終わりました」

『じゃあ、戻ります』

 切れた。戸崎は通話した時刻を書き、まだ聞かなければならない番号へ掛け直した。

 その日の午後、恵へ返す書類を届けた。

 家の前にひと箱便の車はなかった。食卓には仕事の箱がある。恵は、まだここへ置いてるんです、と戸崎の視線を見て言った。

 署で預かる物と、戻した物を確かめる。終わると、恵が箱から小さな封筒を出した。詩乃が返した二千円だった。

「使わずに、入れてました。返してきたから、返したことにしとくって」

 戸崎が封筒を見ると、恵は元へ戻した。

「これは、私が持ってます」

「はい」

「あの子、会いたいって言ってるんですね」

 支援担当から連絡があったという。戸崎は頷いた。

「今は、会えないです」

 恵は箱の蓋を持った。

「悪いのはあの子じゃないって、分かってます。でも、顔を見たら、健の手を思い出すと思う」

 蓋が斜めになっていた。戸崎は手を出さずに待った。

「今の、本人には言わないでください。責めたいわけじゃ――」

 恵は止まり、蓋を置いた。

「責めたくない、のかな」

「今は会えない、ということだけ、窓口へ伝えます」

「お願いします」

 恵は箱を自分の方へ寄せた。

「健なら、まあいいじゃんって言うんです。何でも。よくないんですよ、こっちは。勝手に安くするし、貸した物を忘れるし」

 戸崎は、返ったドライバーの写真を思い出した。番号を控えた人がいて、見つかる物もある。

「いい人でした」

 恵は言った。

「腹も立ちました。毎日」

 今度は蓋が閉まった。

 十二月四日、戸崎は集合住宅の階段で足を止めた。

 手摺りの冷たさが、掌へ移る。寒くなってから、左脚の動きが悪い朝があった。ここへ来る前、娘との電話でも、まだ治らないのかと訊かれた。

 今度の土曜、来られる?

 行ける、と答えたあと、何時かを確かめた。駅をまた作ったらしい。屋根を何で作ったのか訊くと、来たら見て、と言われた。

 階段の上から警察官たちが下りてきた。

「留守です」

「午後は戻るんでしたね」

「管理人は、そう聞いてると」

 なくなった自転車は三台だった。同じ夜、同じ棟。見慣れない若者がいたという話は、訊く人が変わるたび、見たという人が隣へ移っていく。

 戸崎は戸の番号を手帳へ書いた。

「カメラの時計を見てから、一度戻ります。午後は別の者に頼みます」

 管理人室まで下り、記録を確かめた。時計は合っていた。戸崎は確認した時刻を書き、外へ出た。

 駐車場では成瀬が待っていた。

「遅れました?」

「五分です」

「すみません。行きましょう」

 戸崎は助手席へ乗った。十時に施設で詩乃と会う約束だった。返す物と、今後の連絡を確認する。成瀬の黒い鞄は後部座席にあり、補強した持ち手が上を向いている。

 車が動き出すと、戸崎は窓の外へ目を向けた。集合住宅の階段を上る人影が見えた。さっき留守だった部屋の人かもしれないが、ここからでは分からない。

「午後の引継ぎ、済んでます?」

 成瀬が訊いた。

「ええ。今、戻ろうとは思ってません」

「思っていたかとは、聞いていません」

 戸崎は笑い、シートへ背を預けた。

「物置、行ったんですか」

「行きました。母に、いつまで待たせるのかと言われたので」

「赤い缶は?」

「釣りの仕掛けでした。針も、錘も。使いかけの糸も」

「捨てました?」

「母が、全部は捨てないと。妹は要らないと言いました」

「成瀬さんは」

「錘を一つ」

 信号が赤になった。戸崎は、どう使うのか訊いた。

「使いません」

 成瀬は前を向いて答えた。

 戸崎は頷いた。信号が変わり、車は進んだ。

 詩乃は返還品より先に、自分の携帯を出した。

「番号、変えました」

 新しい連絡先を確かめると、彼女は同じ紙へ工房の番号を足した。来週、一度見に行くのだという。

「小暮さんのところへ?」

 戸崎が尋ねると、首を振った。

「別のところです。遠山さんが、前に名前を教えてくれて」

「話は、もうしたんですか」

「一回切りましたけど。かけ直して」

 詩乃は番号を見直した。

「行って、無理なら帰ります。まだ働くとは言ってないです」

「分かりました」

 成瀬が返す物を載せると、詩乃は包みを開き、型紙を一枚ずつ数えた。古い携帯は袋のまま、脇へ置いた。

 母親の布を出したところで、手が止まった。黄色い花柄だった。

「これ、嫌いだったんです。子どもっぽくて」

 詩乃は端を返し、裏を撫でた。成瀬は一覧の印を付けずに待った。

「裏地にしようかな」

 布が畳まれた。それから、全部ある、と詩乃は答えた。

 持参したファイルには、小暮から戻った見本と、複写した型の一覧が入っていた。自分だけで確認済みと返すのは不安なので、相談先を知りたいという。

 成瀬は支援担当者と窓口を確かめた。詩乃がメモする間、戸崎は自分の足を机の下で伸ばした。長く同じ形にしていると、まだ重くなる。

「小暮さんは、仕事は置いておくって」

 詩乃が言った。

「ありがたいですけど、戻りますとは言ってません」

 戸崎は頷いた。

 窓の外で雨が止んでいた。詩乃は教えられた窓口へ、自分で掛ける時刻を手帳に書いた。支援担当者が、今日でも構わない、と言うと、今日は工房までの道を見たい、と答えた。

「来週、初めてだと迷いそうなので」

 確認を終え、三人で玄関へ出た。

 十時半を少し過ぎていた。庇から落ちた雫が、戸崎の靴の先へ当たった。詩乃は布の袋を持ち直した。荷物は多いが、片手は空いている。

 支援担当者が、駅へ車で送れる、と声を掛けた。

「今日は歩きます」

 詩乃は答えた。成瀬が、途中まで一緒に行こうかと尋ねる。

 詩乃は一度、道路を見た。

「大丈夫です」

 それから二人へ向き直った。

「迎えに来てもらう日も、あると思います」

 戸崎は立ったまま待った。

「今日は、いらないです」

「分かりました」

 成瀬が答えた。

 詩乃は歩き出した。道の端の水を避けて少し膨らみ、袋を反対の手へ替えた。角の手前で止まって携帯を見たが、こちらへは戻らなかった。

 戸崎は庇の下で見送った。つい一歩出た左脚が重く、元へ戻した。

「車、こちらへ寄せますか」

 成瀬が訊いた。

「そこまでなら、歩きます」

「はい」

 詩乃が角を曲がった。戸崎は鞄を持ち直した。成瀬が先に車へ向かい、彼は自分の歩幅であとを追った。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝読書中

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