迎えのない朝

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CHAPTER 24 / 28

第二十三章 丸を消す

九月二十八日、成瀬が電話を取って名乗るより先に、小暮が言った。

『今日も、延期ですか』

「伺います。午後三時です」

『戻れる日の話をしてるんです』

 成瀬は机に予定表を広げた。警戒を見直す打合せは二日ごとに続いていた。戻りたいという希望も、そのたびに聞いていた。

「今日は、店で続けられる仕事についても話します」

『その上着、もう返せるんですか』

「担当へ確認中です」

『客に言われたんですよ。警察に何で俺の上着が要るんだって。何て言ったと思います』

 成瀬が黙っていると、小暮は息を吐いた。

『私がやりましたって。俺が説明したんです。店の子じゃなくて』

「そのあとの話も、今日、伺います」

『聞くだけなら、もう何回も』

 切れた携帯を置いた時、寺田から画像が届いた。

 納品先の事務員が、夏の荷受けの記録から探したという。冷蔵庫の手前に青い台車がある。成瀬は椅子へ戻り、画面を広げた。

 平台の白い塗料、車輪の上の欠け。前に見た物と同じだった。

 取っ手の右肩だけが違う。

 昔の写真では内側へ潰れ、テープの先に金属が斜めに光っている。返ってきた方は丸い。

 寺田へ掛けると、車の扉に挟んだ、とすぐ答えた。

『そこまで直ってました? 俺、握るとこしか見てないな』

「今から伺います。使わずに置いておいてください」

『隣へ貸しちゃった。今朝。戻すよう言います』

 成瀬は借りた相手と、持っていった時刻も訊いた。寺田は名前を調べるために電話を机へ置き、その間、画面の写真だけが目の前に残った。

 隣の棟では、台車に水の箱が積んであった。

 受取担当の男が、昼までには空けると言った。鑑識の係員は取っ手の写真を撮り、取扱いを説明した。男は箱を見て、自分一人では今ここで全部下ろせない、と答えた。

 成瀬は寺田へ頼んだ。別の台車を持ってきてもらい、移し替えは会社の作業員が行った。通路が塞がり、人が通るたびに成瀬たちは壁へ寄った。

「ここを見せたかったんですか」

 寺田がテープへ爪を掛けた。

「そのままで。こちらで外します」

 寺田は手を下ろした。係員が巻き方を記録し、テープを剥がす。下に現れた金属は滑らかだった。

「取っ手ごと替えたのか」

「会社で買った記録はありますか」

「ないですよ。俺が買うんだもん、そういうのは」

 取っ手の根元を見せてもらった。ピンで留まり、外せば抜ける型だった。遠山が店で触っていた台車も、この型だった。

 成瀬は、悟が答えた箇所を開いた。

 ピンを入れた。テープを巻き直した。それだけ。

「悟さんに、こちらから聞かないでください。確認は私たちがします」

 寺田が顔を上げた。

「あいつに?」

「はい」

「血とか、付いてたんですか」

「まだ、そこまで分かっていません」

 寺田は台車から離れた。横で水の箱を積み終えた男が、もう行っていいかと尋ねた。係員が頷き、車輪の音が通路を遠ざかった。

 悟の勤務先へ電話を入れた時、成瀬は十一台という数を聞き返した。

 同じ型が十一台。うち三台は別の営業所へ出ている。

『止めてくれって、全部ですか』

 班長の声が大きくなった。

「こちらにある物から、確認させてください」

『荷物、どうするんです。二時に出すんですよ』

 腕時計は一時二十分だった。

「二人で行きます。空いた順に、次を積む前に見せてください。場所はそちらで決めていただけますか」

『もう空いてるのなんてないです』

 受話口の向こうで別の声がした。班長が、違う、警察、と短く答えた。

『東。東のシャッターへ来てください。仕分けの線には入らないで』

 成瀬は礼を言って切り、小暮の担当へ連絡した。三時には間に合わないかもしれない。三時半を目指すと伝えた。

 倉庫に着くと、空の台車が一台だけ待っていた。係員が照合する間、成瀬は貸出先の表を見た。営業所の名前は三つではなく二つで、その先へ又貸しされたものもある。

「誰がいつ持っていったか、記録は」

「今月のか、先月のか」

「まず、今ある場所です」

 班長は伝票の束を机に置いた。二台目が来て、作業員が確認済みの一台目を引いて戻る。班長はその後ろへ、二時便に間に合わせろ、と声を飛ばした。

 五台目も違った。

 八台目を見終えると、班長が汗を拭いながら来た。

「これで出していいですか」

「ここにある分は」

「じゃ、使え」

 作業員たちが台車を引き取った。成瀬が残る三台の番号へ電話を掛けると、一つは呼び続けても出なかった。

「そこは、机の電話。誰もいませんよ」

 班長が自分の携帯を出す。

「俺のから掛けます。いきなり警察って言われても、向こうは分からないから」

 話がつながるまで、成瀬は待った。さっきの男が一人、確認済みの台車へ荷物を載せ始めた。こちらで調べた物を仕事へ戻す手が速い。

 その日のうちに二台は確認できる。残る一台は、取引先から翌朝戻るという。

 成瀬は時刻と担当者の名前を書いた。広瀬へ連絡する前に、小暮へ直接掛けた。

「到着が三時半を過ぎます。すみません」

『来るんですか』

「行きます」

『じゃ、待ちます』

 小暮はそれだけ言った。

 彼は受取票を、机一杯に並べて待っていた。

「仕上がってるのだけ、返しに行きたいんです」

 成瀬が腰を下ろす前から話し始めた。月曜の分、火曜の分。別の店へ回してほしいという客もいるが、持っていく者がいない。

「従業員の方は」

「こっちの分まで、もう頼めない。言った分だけはやるって。それでいいでしょう」

 小暮は一枚を抜いた。

「辞めるって言ったあとまで、こっちの電話を取らせてたんだから」

 成瀬が警戒担当と外出の段取りを話すと、小暮は時間を書き込んだ。受取票の裏には、返す物を忘れないための一覧があった。

 青い鳥の巾着も、その中にある。

「本人に、返します。三十日までって来てるから」

「手紙にある担当者へ渡してください」

「分かってます。場所、聞きませんよ」

 小暮は書きかけた字を止めた。

「これも、疑われるんですか。返すって言ったら、何で今って」

「三十日が期限なんですね」

「そうです」

「受け渡す時刻を、決めましょう」

 彼はペンを持ったまま成瀬を見た。少しして、午前がいい、と答えた。

 夜、本部に戻ると、別営業所の二台も探している物ではなかったと報告が入った。成瀬は届いた現物の写真を見て、一覧へ印を付けた。その下に、相談サービスから得た画像の照合結果があった。

 七月十七日、従業員が窓越しに撮った詩乃の写真。店に残る元画像と、詩乃が相談へ送った縮小後の画像。仁へ届いた切抜きには、後者と同じ、窓枠の斜線の段があった。

 成瀬は担当者の説明を聞き、元画像を持っていた者全員が同じ条件ではないことを確かめた。

 広瀬は台車の一覧を見た。

「明日は」

「一台、現物を見ます。戻ってから、交換した時期を勤務先で」

「見つからなかったら?」

「戻る前に、貸した先をもう一度」

 成瀬は予定を言い、手帳を閉じた。帰る前に戸崎へ電話した。面会へ寄れなかったことを詫びると、仕事だったんでしょう、と返ってきた。

「一つ、ここで聞いてもいいですか」

 物流センターの通報時刻と、仁へ指定した時刻を伝えた。戸崎は少し黙った。

『仁より先に、俺らを呼んだんだ』

「手袋のことまで告げていました」

『それで行った。あの速度で』

 電話の向こうで布が擦れた。

『仁が来て、封筒持ってれば、車が止まってても聞きますよね。何で持ってるって』

「はい」

『あの人が車を進めるところまでは、書いてなかった』

「ありません」

『そこは、あの人がやったんだな』

 成瀬は相槌を打たなかった。戸崎の息が近づき、受話口がまた動いた。

『今日はここまでで。変な格好で掛けちゃって、脚が』

「切ります。明日は、こちらから先に時刻を聞きます」

『はい。明日、台車の方、頼みます』

 成瀬は携帯を置いた。丸を消した台車が十台。残る一台の横に、朝八時、と書き足した。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す読書中
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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