迎えのない朝

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CHAPTER 16 / 28

第十五章 店の中

小暮の店へ着くと、従業員の女が入口を塞いでいた。

「入らないでください」

 戸崎が名乗るより先に言った。携帯を握っている。画面にはまだ通話の表示があり、相手へ警察が来たと告げた。

「小暮さんは?」

「奥にいます。でも、先にあれを」

 窓際の作業台に、薄いグレーの上着が載っていた。両袖を前へ折り、袖口同士を黒い糸で綴じてある。間に挟まれた白い紙に、太い字が見えた。

 つぎはおまえ

 戸崎は近寄る足を止めた。外で警戒していた捜査員が、すぐあとから入ってきた。

「どこで見つけました」

「試着室です。私、鏡の前にあったんで」

 従業員は言い、奥へ顔を向けた。

「小暮さん」

 返事がなく、ミシンの向こうから本人が出てきた。

「朝、開けたら、入口にあった。持って入れたんです」

「何時に」

「八時半。だいたい」

「そのまま、この台へ?」

「いや、試着室へ。一回、そこへ置いて」

 戸崎は袖口を見た。黒い糸で無造作に寄せられ、布が細かく引きつっている。手を伸ばしかけた従業員へ、成瀬が声を掛けた。

「誰も触らずに、少し離れてください」

 成瀬が二人をレジの側へ寄せた。小暮は棚にぶつかり、古着の肩が幾つも揺れた。

「やっぱり、俺なんでしょう」

 戸崎は答えず、先に現場確認を頼んだ。入口の外で、客が営業札を覗き込んでいる。捜査員が事情を説明し、入店を断った。

「閉めるんですか」

 小暮が成瀬へ言った。

「店内を確認します」

「だから、表にいてくれればいいんです。警察がいるって、分かれば」

「今、これを見つけたんです。誰がどう入ったかも調べます」

 成瀬は試着室までの通り道を空けてもらった。

 従業員は台から目を離さなかった。戸崎が名前を聞き、連絡先を控えるあいだも、同じところを見ていた。

「知っている服ですか」

「お客さんのです。私が、預かりました」

 小暮が顔を背けた。

「袖を短くして、返すだけだったんです。火曜に。今週から着るって」

 女は携帯をポケットへ入れようとして、入らず、鞄へ押し込んだ。

「これ、取れば元に戻りますよね」

 戸崎は糸を見た。

「今は、切らないでください」

「すみません。分かってます。でも、あの人に何て言えばいいか」

 声の最後が低くなった。女が袖口へ伸ばしかけた手を、もう片方の手で押さえた。

 店の外では、警察官が配達車を別の位置へ誘導していた。日曜の商店街に、規制のための空白ができた。通り過ぎた人が向こう側で止まり、携帯を構えた。

「顔、撮るなよ」

 小暮がガラス越しに言った。

 戸崎は彼を奥へ戻した。

「店の中にあった服が、外から来た。そういう話ですね」

「そうです」

「昨日、最後に見たのは」

「裏のラック。直し待ちの方です」

「昨夜は、鍵を掛けましたか」

「掛けましたよ。戸締まりしろって、何度も言うじゃないですか」

 小暮は声を大きくし、すぐ隣の従業員を見た。

「昨日、私、四時までです」

 女が先に言った。

「そのあと、お店は一人?」

「八時まで。表の人もいたでしょう」

 小暮は入口を顎で示した。

「ずっと中を見ていたわけではありません」

 成瀬が答えた。

「鍵を掛けてから、今朝までに誰かが入った形跡も確認します。あなたが出入りした時刻を教えてください」

「俺ですか」

「はい」

 小暮は腕を組んだ。

「脅されてるって、見て分かったでしょう。何でまた俺が説明するんです」

「店へ入った人を調べるには、小暮さんのことも必要です」

 女が一歩離れた。その動きへ小暮が顔を向け、何か言おうとしてやめた。

 戸崎は二人を別々の場所で聞くことにした。成瀬に小暮を頼み、従業員を店の前へ連れ出した。通りのカメラから見えない、停めた車の陰だった。

「今日、出勤の予定だったんですか」

「休みです。昨日、来なくていいって。そしたら今朝になって、納品だけ相談したいって電話があって」

「何時ごろ」

 女は履歴を見せた。十時十八分。

「九時すぎにも、服の写真が来たんです。寸法の確認。それには返して。なのに来たら、これで」

 戸崎は二つの時刻を記した。

「最初に、小暮さんは何と?」

「先に預かり物まとめてって。奥にいたから、私、いつものを見ようとしたんです。試着室のカーテン開けたら、あれが吊ってあって」

「吊ってあった」

「はい。最初、また変な展示してるのかと思って。紙見て、びっくりして、店長って呼んだら」

 女が口をつぐんだ。戸崎が待つと、首を振って続けた。

「『大声出さないで』って。外の人へ言いに行こうとしたら、まず落ち着けって。だから電話しました」

「小暮さんが、見つけた時の説明は?」

「その時に、朝からあったって」

 戸崎は店へ目をやった。小暮が成瀬の向こうからこちらを見ていた。すぐ奥へ引っ込んだ。

 店内の確認が始まると、ミシンは使えなくなった。作業台の物を勝手に移さないよう頼まれ、小暮は握っていた受取票を何度もポケットへ出し入れした。

「残れば警察が見てくれるって、話だったでしょう」

 戸崎へ言った。

「警戒はしています。これからの場所も、相談します」

「店にいる。ここにいるから、見ててくださいって。それが何で、俺が出ていく話になるんだ」

「ここへ置かれたと言うなら、少なくとも今は、いつもどおり仕事をする状況ではありません」

 成瀬が答えた。小暮は受取票を台へ叩きつけた。乾いた音がして、従業員が肩を動かした。

「金曜、間に合うって言ってるんですよ。今日やれば間に合うから、俺が言ったんです。誰かが代わりにやってくれるんですか」

「出来上がった物から、引継ぎましょう」

「そうじゃなくて」

 戸崎は小暮の手元を見た。受取票には何枚も線が引いてあり、一枚だけ、火曜の文字が赤い。

 従業員がそれを取った。

「これは私が連絡します。でも、説明が要ります。警察に預けるって言えばいいんですか」

「まだ、決まってないだろ」

「返せないのは、決まってます」

 女は小暮を見た。彼は票を取り返さなかった。

 奥の確認をしていた捜査員が、小暮を呼んだ。普段、糸をどこへ置いているかと尋ねた。棚へ向かいかけると、その場で示すだけにしてほしいと止められた。

 小暮は指を出したまま立ち、やがて下ろした。

「俺の店なんだけどな」

 戸崎は入口へ戻り、責任者と今夜の対応を詰めた。小暮はその日のうちに店を離れることになった。行き先は希望を聞いて決め、知る者を限った。店の確認と身辺の警戒は、それぞれ別に続ける。

 荷物を取りに上がった小暮が、古い旅行鞄を抱えて戻った。従業員はまだ客へ電話をしていた。

「汚れたわけではないんです。はい。ただ、お渡しできるのが」

 小暮は声を掛けず、その前を通った。

 本部へ戻ると、朝の鑑定途中報告が机に残っていた。

 遠山の傷は、床の靴型では説明しにくかった。ほかの道具にも、合う物はまだない。小暮の店の糸は銘柄が同じ。しかし、それだけでは今日の上着も三つの殺人も、一つにできなかった。

「本当に狙われてるなら、小暮じゃないのか」

 別の刑事が写真を見ながら言った。

「今日の話を、先に確かめます」

 成瀬が答えた。戸崎は従業員の証言を書いた紙を渡した。

「朝、入口で見つけたのに、二時間近く誰にも言ってない。カーテンを開けなければ見えない試着室へ、吊ってる」

「怖かったら、隠す人もいる」

「そうですね」

 戸崎はそれも書いた。

 広瀬は上着の写真を三人の被害者の写真から離した。

「今日の脅しだけで、三件まとめて結論を出すな」

 成瀬が明日の面談の準備を始めた。三人が以前、詩乃へ何と言ったか。迎えに行く、手伝う、その約束を誰が知ったか。

「来るって言って来なかった。その罰だとしたら、仁の言い分に合います」

 戸崎が言った。

「仁が外へ頼んだなら、連絡が要る」

 広瀬は会社へ寄った九分を指した。

 戸崎が瀬尾へ電話すると、提出できるものがあるかもしれないと返事があった。本人と話したい。金曜までには連絡する。

 受話器を置くと、小暮の店の担当から電話が来た。上着を預かることになり、従業員が、客にはもう説明したと答えたという。

 戸崎は明日の面談の準備へ戻った。机の右には、今日中に返す電話番号がまだ三つ残っていた。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中読書中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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