迎えのない朝

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CHAPTER 01 / 28

序章

空が白み、川向こうの家々に一つずつ明かりがついていた。

 九月三日。宮下は写真館の前でエンジンを切った。隣の家の雨戸が開く。車を降りて会釈すると、女の人がこちらを見た。

「今日はゴミの日だから、そこは空けといてね」

「すみません。すぐ動かします」

 宮下は車へ戻り、少し先の道路脇へ寄せた。工具を下ろす前に入口へ回った。昨日預かった鍵で錠を開けたが、ガラス戸が動かない。一度手前へ引いてから押すと、下の縁が床を擦った。

 土足でいいと言われたのを思い出し、宮下は敷居をまたいだ。

 明かりはついていなかった。待合室を抜けると、撮影室の窓から薄い朝の光が差していた。

 撮影室の壁の時計を見ると、午前六時少し前だった。二脚ある椅子の低い方に男が座り、膝へ顔を伏せている。

「おはようございます。今日から入る内装屋です」

 答えはなかった。

 泊まったのか。そんな話は聞いていない。宮下は携帯で一枚撮り、会社の現場グループへ、〈人がいて作業に入れません〉と添えて送った。

「すみません。起きてもらえますか」

 近づくと、ほどけた靴紐が床に伸びていた。返事を待ってから、宮下は男の肩に触れた。

 男の身体が傾いた。支えようとしたが、作業着をつかみ損ね、男は椅子からずり落ちた。

 横を向いた顔の唇が、黒い糸で縫われていた。両手の指にも糸が通っている。

 宮下は一一九へ電話を掛けた。住所を訊かれ、会社の番地を答えた。違う、現場だ。名刺は車にある。店の名を言おうとして、壁から外された看板の跡しか浮かばなかった。川のそばの写真館だと繰り返すうちに、ようやく通りの名前が出てきた。

 救急車が向かっている。そう聞いて電話を切ると、携帯が手を滑った。

 拾わなければと思ってしゃがんだ。伸ばした指が震えて、止めようとしても止まらなかった。男の靴紐に触れそうになり、手を引いた。右の掌をズボンへ押しつけた。手袋をしていなかった。

 隣でゴミ袋の擦れる音がした。宮下は戸口へ顔を向けた。

 呼ぼうとして、喉が鳴った。誰か、と呼んだつもりだったが、声にならなかった。

 少したって、男の靴先のそばで携帯が小さく揺れた。会社からの通知音が、薄暗い撮影室に鳴り響いた。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章読書中
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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