迎えのない朝

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CHAPTER 18 / 28

第十七章 店じまい

火曜日の昼、小暮はレジに受取票を並べた。

 戸崎たちが周辺と店内を確かめる間、入口で待っていた。中へ入ってもシャッターの方を何度も見たが、従業員が来ると、忙しそうに票を繰り始めた。

「これ、金曜の。仕上がったやつから、返す時間を」

「上着の話だって聞いて来たんですけど」

 女は鞄を下ろさなかった。

 小暮は、一番上の票を作業台へ持っていった。グレーの上着はもうなかった。日曜、彼女が警察へ電話を掛けていた場所へ立ち、紙の端を指で伸ばしている。

「先に話したいことがあります」

 いつもの客への声だった。女の眉が寄った。

 戸崎たちは少し離れたが、店の外へは出なかった。

「俺がやった。悪かった」

 小暮が言った。

 女は、何を、と訊いた。小暮が上着だと答えると、鞄を肩に掛けたまま動かなくなった。

「あれ、返す服です」

「分かってる」

「分かってないですよ。私、日曜も昨日も、あの人に電話して」

 声が途切れた。小暮が手を出すと、彼女は一歩下がった。

「うちの売物ならよかった、って話じゃないけど。でも、何であれなの」

「たまたま、そこにあったから」

 小暮は言い、しまったというように口を結んだ。女は長く彼を見た。

「その電話、今からしてください。お客さんに」

「それは俺がする」

「今からです」

 戸崎が、確認した内容を担当へつなぎ、返却については別途説明が要ると伝えた。女は頷いたが、小暮から目を離さなかった。

 小暮は受取票を探した。番号を押す前に、一度、別の票を取り直した。

「小暮です。上着の件で、私からお話しなければならないことが」

 従業員はその声を聞いてから、奥の納品袋を集めた。戸崎が手を貸そうとすると、自分で分かります、と断った。

 電話は長かった。小暮は途中から座り直し、返事を一語ずつ繰り返した。女は金曜の納品に必要な品だけを鞄へ入れた。

「約束した分は、行きます。次の分は、頼まないでください」

 通話を終えた小暮へ言った。

「もう、来ないってこと?」

「今、決めろって言わないでください。別の店にも、仕事あるか聞いてるので」

 小暮は頷きかけ、そのまま止まった。

 成瀬が紙を一枚差し出した。詩乃からの販売停止の申入れだった。小暮は二度読み、従業員にも見せた。

「無断で作らせた分は、売場から下げる。他所に出したのも、俺が連絡する」

「詩乃さんが縫った方は?」

「本人に聞く。それまでは、どっちも」

 女は青い鳥の袋をレジの下へ移した。小暮は止めなかった。

 倉庫は店から歩いて一分もなかった。

 小暮は鍵を開けると、先に入って箱の送り状を見始めた。詩乃の紙を胸ポケットから出し、箱と見比べ、また畳んだ。

「飯島さんには、先に俺から電話させてください」

 成瀬が、品を下げる連絡ですかと確かめた。

「向こうへは、了解を取ったって言いました。詩乃さんの。警察から先に言われたら、もう」

 彼は番号を出したまま二人を見た。戸崎が頷くと、棚へ携帯を置き、スピーカーを入れた。

「あとで同じ話するより、聞いててください」

 飯島は出先だった。小暮が販売を止めたいと話すと、在庫はそっちへ渡しただろう、と返った。

「出してもらった店もあるでしょう。あっちも」

『本人と話がついた、って言ったのはあなただよ』

「すみません。金、渡せてなくて」

『金だけなの?』

 小暮は青い鳥の袋を箱から出した。

「作ることも、まだ」

 電話の向こうで、車のクラクションが鳴った。飯島は何も言わなかった。小暮がすみませんと繰り返すと、あとで掛け直す、と答えた。

 成瀬が名乗った。先週木曜、小暮と一緒にいた時間についても伺いたいと告げると、飯島は声を落とした。代金を受け取ったことは認めた。小暮が脇から「十八時には来てたでしょう」と言い、成瀬に手で制された。

『帳簿を見ないと。ほかのお客さんまで見せるのは困りますけど』

「必要な日付をお伝えします。九月十日です」

『明日は外です。木曜、九時までなら』

「八時に伺います」

 通話が終わっても、小暮は携帯を棚へ置いたままだった。

「ATMで下ろして、払ったんです。七時すぎまで一緒にいました。そこは、ほんとに」

「飯島さんにも確かめます」

 成瀬は木曜の予定を書いた。

 家庭用ミシンと折り畳みの作業台が、窓に向けて置いてあった。脚の下に厚紙が畳んで挟まれ、床を拭いたあとも、その周りだけ埃が残っている。

「三月くらいから、詩乃さんに使ってもらってたんです。週一、二回。父親の知り合いが店へ来るから、こっちならって」

 小暮は作業台へ袋を並べた。同じ鳥の柄がいくつも出てきた。

「一人で作れる数じゃ、置いてもらえない。本人にも分かってもらえると思ってた」

「見せるだけ、と話したんですね」

「そうです。でも、店を探して歩いたのは、俺です」

 戸崎が宇津木の未収伝票を開くと、小暮は声を止めた。

「八月十一日に運んだ分ですね」

「三万六千。払います。奥さんへ」

「この日、詩乃さんとも会っていますね」

「はい。ここで」

 小暮は伝票を見たまま、真知にも払えと言われた、と話し始めた。

 火曜の夜、戸崎たちが真知の家を出たあと、詩乃へ渡す金を持って訪ねていた。預かってもらおうとしたが、受け取ってもらえなかった。

「自分で渡せって。いつまで人を通すんだって、弟にも同じこと言ってると。俺に言うなって、思ったけど」

「帰ったのは?」

「九時すぎです。長くはいません」

「その間、真知さんは携帯を使っていましたか」

「寺田って人に返してました。冷蔵が先だとか。俺が話してるのに、ちょっと待てって」

 真知の携帯にも、二十時四十二分の送信が残っていた。戸崎は寺田の画面を見せてもらった頁へ、小暮の話を書き足した。

 成瀬が二つの夕方の時刻を担当へ送った。小暮は紙を畳もうとし、未収の伝票は戸崎の物だと気づいて手を引いた。

 鑑識員が棚の下段を確かめると、黒い業務糸が二本出た。同じ銘柄だからといって、どの現場へ渡ったかは分からない。購入記録と使い方を確かめると、小暮は箱単位で買い、必要な者が取っていたと答えた。

 戸崎が相談記録にあった写真のことを訊くと、小暮は窓を指した。外から作業姿を撮ったのは、店の従業員だった。七月、詩乃が宣伝用に使いたいと頼んだ。元画像は店のパソコンにも残るという。

「本人へ渡したのと同じ物ですか」

「そのままです。窓、切る前の」

 戸崎は裏へ回った。庇の下に鳥の巣の跡があり、窓から作業台が見えた。詩乃がここに座っていたら、顔を上げても撮る相手はすぐ分からなかっただろう。

 店へ電話すると、従業員は写真の件を覚えていた。自分の仕事を見てもらいたいと言われて撮った、と答えた。

「それも、調べるんですか」

「元の画像を確認したいんです」

「詩乃さんには、そう言ってください。勝手に撮ったんじゃないです」

 戸崎は分かりましたと答え、担当に原画像の確認を頼んだ。小暮は電話が終わるまで箱のそばに立ち、女が自分のことを何か言ったかと訊いた。言いませんでした、と答えると、俯いた。

 小暮は詩乃の作業台の引出しを開けていた。本人へ返す物と店の伝票を分けていると、六月の注文票が出てきた。戸崎が、金曜までと約束してから返事の変わった仕事かと確かめると、小暮はズボン三本だと答えた。

「無理な量ですか」

「あの子には、そうでもないです。だから最初はできるって言ったんでしょう。単価も前と同じでした」

「待ってほしい理由は」

「誰かに聞いてるって。何が駄目かも、まだ分からないって。結局ほかへ頼みました。金曜の客は、待ってくれないので」

 単価を変えた時は、匿名の相手からの文を見せられたという。ほどく作業と縫う作業を別に数える。小暮はその助言には従っていた。

「面倒な人、挟むなって言いました。仕事の話くらい、自分で返事してくれと」

 小暮は作業台を見た。

「あれも、言い方、悪かったんでしょうね」

「その時のやり取りも、残っていますか」

 成瀬が尋ねると、小暮は携帯を取りに戻った。料金を変えた方の文も、と言われ、そっちも出します、と答えた。

 店へ戻ると、従業員はもう帰っていた。引継ぎの紙と、金曜の納品の控えがレジの上にあった。

 小暮はそれを読んでから、白い紙へ臨時休業と書いた。下に電話番号を足し、しばらく見た。

「留守電、聞きます。毎晩」

 誰にともなく言い、ガラスに貼った。

 小暮は旅行鞄の口を閉じ、ミシンの電源を抜いた。窓を一つずつ確認してから、入口へ戻った。

「今日のこと、担当が改めて聞きます」

 戸崎が言った。虚偽の通報に至った経緯の確認は、これで終わらない。

「はい」

 小暮はシャッターの紐を握った。

「でも、今度、本当に何かあったら」

「連絡してください」

「また俺だと思うでしょう」

 戸崎は、そんなことはない、とすぐには答えられなかった。

「何が起きたかを、調べます」

 小暮はそれを聞いてから紐を引いた。最後の隙間が閉じるまで、中を見ていた。

 本人を送り届けた班から、安全確認の連絡が来た。今後の警戒についても、そこで説明することになった。納品は従業員が引き受けた分だけ。今後の外出は、先に相談する。

 同じ日の夕方、映像を見た担当から返事が来た。真知の家の向かいの医院で、小暮の車が退出したのは二十一時九分。真知の姿は写っていない。倉庫の管理人が持つ映像では、木曜の飯島の車は十八時二分から十九時八分まで駐車していた。車を置いていた間のことは、飯島の話を待つことになった。

 戸崎は署へ戻る車で目を閉じた。明日、その店を開けてよいとは、言ってこられなかった。

 二十一時十三分、旧物流センターへ警察官が向かっていると本部へ連絡が入った。

 匿名通報。警備員が襲われ、意識はある。事務室のそばに、黒い糸で繋いだ作業手袋が置かれている。

「また糸か」

 誰かが言った。戸崎も一瞬、小暮の作業台を思い浮かべた。

 無線担当が続報を復唱した。

「左右の小指だけ、と入っています」

 成瀬が顔を上げた。

 戸崎は椅子から立っていた。

「小暮さんは」

「確認できてる」

 広瀬が別の電話を取ったまま言った。

「行け。けが人がいる」

 戸崎は上着を掴んだ。小暮の店のことを考えていた数秒が、妙に長く感じられた。

 車に乗ると、彼女は旧棟の図面を出した。海側に三つの積込口がある。戸崎は四番の位置を確かめ、無線の音を大きくした。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい読書中
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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