迎えのない朝

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CHAPTER 25 / 28

第二十四章 迎えに来る人

戻ってきたトラックを、成瀬は荷受け場の端で待っていた。

 九月二十九日、八時を十二分過ぎていた。荷台の奥から黄色い平台が見える。担当者は、写真とは違いますよ、と下りてきた。

「取っ手を見せてください」

「今、下ろしますから」

「載せたままで大丈夫です。取っ手の上の服を、少し上げてもらえますか」

 取っ手には上着が掛かっていた。担当者が袖をつまみ上げると、右肩の潰れた金属が現れた。

 成瀬は係員を呼んだ。

「その状態で、撮ります」

 担当者の手に上着が残った。どこへ置くか迷い、腕へ掛け直した。

「これですか」

「確認します」

「昨日、俺、使いましたよ」

 係員が荷台へ上がる間、成瀬は使用した経路を聞いた。担当者は答えるたび、自分の両手を見ていた。全部話してから、服は着ていいか、と尋ねた。

 成瀬は検査に必要な物を係員へ確認した。上着自体は返し、手洗い場の場所を聞いていた男を見送った。

 取っ手は平台から外された。青い台車にあった物が、黄色い台車から運ばれていく。成瀬は平台の違いを気にしていた担当者へ、もう一度説明した。彼は聞き終えてから、向こうにも同じことを言ってくれ、と事務室を指した。

 仕事を止めた理由を説明し、残った台車の扱いを決めるまで、捜査員たちは帰れなかった。

 勤務先に保存を頼んでいた映像では、悟が九月十日の夜、青い台車を車から降ろしていた。

 棚の陰に入る。手元は見えない。翌朝、右肩の潰れた取っ手が付いた別の台車を、作業員が荷物と一緒に押していく。

 班長は一度止めるよう求めた。

「この子、何も知らないと思います」

「この台車を選んだ理由を伺います」

「そこにあったからです。たぶん。俺だって、あるのを使う」

 成瀬は、悟の返却した青い台車が映る別の記録を開いた。こちらの取っ手は丸かった。

「悟さんに、確認はまだしないでください」

「普通に来ますよ。明日も。何て言えばいいんですか」

 班長は椅子から立ち、窓の向こうを見た。今日は悟のいない時間に来ていた。

「ほかの皆さんには、何と伝えていますか」

「確認だって。俺も、そう聞いてたから」

 班長は立ったまま、画面を伏せようとした。ノートパソコンの蓋が半分まで閉じ、また開いた。

「これ持って帰って、明日、また来るんでしょう。あいつも来ます。昨日は俺が、残れるかって頼んだんです。若いのと二人で。今日だって、休みなのに電話すれば出るんですよ」

 成瀬は返事をしかけ、やめた。

「そういうやつだから、頼むんです。頼んじゃ駄目なら、今言ってください。明日ここに来て、昨日何してましたって言われても」

 隣の捜査員が成瀬を見た。班長は二人を見比べた。

「その子とまた組ませていいのか、聞いてるんです」

「配置も含めて、ここで相談させてください。警戒の担当を呼びます」

 成瀬は広瀬へ掛けた。班長は窓の向こうへ手を上げ、事務室に入ろうとしていた作業員を止めた。電話を終えても、彼を呼び入れる手は上がらなかった。

 九月三十日の午後、受付から悟が来ていると連絡が入った。

 成瀬が下りると、彼は膝へ紙袋を置いて待っていた。出入口の方を向いた椅子だった。こちらに気づいても、すぐには立たなかった。

「予約、要りました?」

「今日は、何の御用ですか」

「姉ちゃんの物。誰に聞いても、確認しますなんで」

 隣の席へ人が来た。成瀬は相談室を借り、別の捜査員に同席を頼んだ。悟は二人を見比べてから、紙袋を机へ載せた。

 保存容器が三つ入っていた。蓋には日付がある。洗っても消えなかったのか、黒い字の端だけ薄くなっていた。

「これ、部屋に戻したいんですけど」

「部屋の物をどうするか、担当から連絡はありましたか」

「来週、日にち決めるって。それまで、置いといてもらえませんか」

 成瀬は片付けの連絡を受け持つ担当へ確かめるため、机の電話を取った。悟は容器を一つ出した。蓋の角を押すと、ぱちん、と音がした。

「これ、嵌める向きがあるんですよ。どっちでも同じに見えるのに」

 成瀬が電話を置くと、悟は閉じた容器を袋へ戻した。

「部屋へ戻せる日に、一緒に持っていってください。今日は、こちらでは預かれません」

「そうですか」

 袋は机の上にあった。成瀬は担当の名前と連絡先を書き、悟へ渡した。

「詩乃さん、元気ですか」

 携帯に番号を入れていたので、顔は下を向いたままだった。

「こちらからは、生活の様子はお話しできません」

「そこまで聞いてないです。元気かって」

 悟は携帯を伏せた。

「俺の方は、職場で聞いてるでしょう。今日は何時に来た、どこへ行ったって。皆、俺に聞いてくるんですよ。お前、何したんだって」

「勤務について、協力をお願いしています」

「知ってますよ。俺も、答えてるから」

 悟は空いた両手を机へ置いた。

「一回、話せませんか。姉ちゃんの話ができる人、もういないんで」

 成瀬は手元の記録へ日付を足した。紙袋の底が濡れて、丸い跡が机についていた。三つとも洗ってきたのだろう。

「今ここで、お約束はできません」

「会いたくないって言ってるんですか」

「御本人には、まだ聞いていません」

「だったら、俺から連絡あったって。それくらい、伝えてもらえます?」

 成瀬は隣の捜査員を見た。彼は記録を続けていた。

「用件として受け取ります。伝えるかどうかも、支援の担当と相談します」

 悟は笑いかけた。

「俺が来たことまで、選ぶんですね」

 机の電話が鳴った。成瀬は出ず、悟を見ていた。呼出しが切れると、部屋が急に静かになった。

「待ってるって、書いてください」

「何を、ですか」

「あの人が話せるようになるのを」

 悟は成瀬のペンを見た。成瀬が書くまで、椅子を引かなかった。

 紙袋を持たせると、悟は黙って受け取った。玄関で携帯が鳴り、表示を見るなり、悪い、今出る、と答えた。

「昼、食ってないの? じゃあ買ってく。何がいい」

 自動ドアが開いた。彼は歩きながら聞き、何でもいいってのが一番困るんだよ、と笑った。

 成瀬は携帯を取り、担当班へ出た時刻を伝えた。

『確認しています』

 悟の背中は道路の向こうへ渡っていった。成瀬は見えなくなるまで立ち、戻って相談室の机を拭いた。

 面会の依頼は支援担当にも伝えた。本人へ急いで届けることはせず、連絡経路と安全の確認を先に進める。その日のうちに悟へ折り返す用事はなくなったが、成瀬は終業前にも受付へ、また来ていないかと確かめた。

 十月一日、詩乃が机へ広げたのは、黒いテープと見本帳だった。

 古い鞄は内側を少し開かれている。机の反対側には青い鳥の巾着があった。

「戻りましたね」

「昨日。ちゃんと、これでした」

 詩乃は巾着を鞄へしまい、修理する方を成瀬へ寄せた。

「こっちは店にあります。こっちは取り寄せです。送料が掛かります」

 成瀬が手に取ると、店にあった方は青みが強かった。

「どちらが縫いやすいですか」

「同じです」

 詩乃は材料費を書いた紙を置いた。成瀬は鞄を窓のそばへ持っていった。どちらを当てても、使い込んだ本体とは色が違う。

「店の方で、お願いします」

「長さも決めてください。今のままでいいですか」

 成瀬はテープを自分の肩へ当てた。古い持ち手は荷物を入れると少し伸びた。指一本ぶん長くして、もう一度肩へ当てた。

「この長さで、お願いします」

「内側に補強を入れます。縫った線も残ります」

「見えないところなら」

「開けると見えますよ」

 成瀬は覗き込み、頷いた。

「それで大丈夫です」

 詩乃が合計を出した。材料を取り寄せずに済めば七日に渡せる。教室で作業できなければ先に連絡する。

 成瀬は決まった日を手帳へ書き、立つ時に鞄を取ってしまった。

「置いていってください」

「ああ、すみません」

 詩乃は受け取り、袋へ入れた。笑わずに、また七日に、と言った。

 二日の夕方、小暮が店を開けると言い出した。

 預かり品を返すための立入りだった。五時までの予定だったが、客は六時半しか来られないという。成瀬が警戒担当と電話している間、小暮は臨時休業の紙を剥がした。

「月曜から、いつもの時間に開けます」

 成瀬は電話を耳から離した。

「営業時間を変更するなら、こちらも配置を――」

「いつもの時間です。変更した方を戻すんです」

 紙の角が破れ、ガラスへ残った。小暮は爪で擦った。

「怖いんでしょうって言われたら、そうです。あんなこともやった。店守れって。全部、そうです。でも、閉めてる間にも家賃が」

「警戒をやめると言っていません」

「言われる前に言うようになっちゃったんですよ、俺が」

 小暮は振り返った。

「電話する時も考える。信じてもらえるやつかどうかって。これ、六時半って、客が言ってます。俺が作った話じゃなくて」

 受取票を成瀬へ突き出した。成瀬は受け取り、電話の担当へ時刻を伝えた。

 今いる人員をそのまま延ばすことはできなかった。交代を組めるか確認するという。

 小暮は受取票を戻し、仕上がった品を袋から出した。アイロンを温めながら、入口へ顔を向ける。

「あの子、今日で終わりです」

 従業員は引継ぎの紙を置いて帰ったあとだった。

「金曜の分は、全部やってくれました。月曜から別の店です。ちゃんと金、払いなよって言ってました。俺に」

 アイロンのランプが消えた。

「あの上着の客に、言ったんですよ。袖と袖、俺が縫ったって。じゃあ、もうお宅で直さないでくれって」

 小暮は霧を吹き、別の客のズボンを伸ばした。

「それは、しょうがないです。でも、ほかの客には月曜に渡すって言ってるんです。まだ、預かってるのがあるんで」

 成瀬の携帯へ返事が来た。五時からの交代を組める。月曜の営業については、担当者も含め今夜話す。

 伝えると、小暮はアイロンを立てた。

「ありがとうございます」

 店の電話が鳴った。彼は受話器を取り、はい、とだけ言ってから、店の名を言い直した。

「あります。六時半で大丈夫です」

 成瀬は窓へ残った紙片を見た。小暮はそれを剥がす続きには戻らなかった。

 七日、出来上がった鞄には両方とも新しい持ち手が付いていた。

 成瀬はファイルを入れて持ってみた。受渡しの机の前を二、三歩歩き、肩に掛けた。詩乃はその間、釣銭の入った小さな袋を開けて待っていた。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 成瀬が代金を渡すと、詩乃は数えて受け取り、古い持ち手はどうするかと訊いた。

 成瀬は古い方を指で挟んだ。使っていた時には丸まっていた布が、机の上では平たかった。切れた端に糸が一本残っている。

「処分をお願いします」

 詩乃が別の袋へ入れた。成瀬は領収書を受け取り、新しい持ち手で鞄を提げた。

 その夜、勤務先へ確認していた班から、悟が退職を申し出たと連絡が入った。

「いつまでですか」

「今月末。次の勤め先は、まだ言っていません」

 成瀬は黒い鞄を椅子の下へ置いた。広瀬に伝えると、既に別の電話を取っていた。

「今いる場所は?」

「帰宅しています」

 同じ型の台車は確保できた。血液の反応もあった。誰の血かは、まだ返ってこない。成瀬は鑑定の担当へ連絡し、現在の状況と、次に確認できる時刻を聞いた。

 部屋を出ようとしたところで、携帯が震えた。悟だった。

『詩乃さんの件、どうなりました』

 成瀬は椅子へ戻った。

『時間、掛かってもいいんですけど。聞いてくれたかだけ、知りたくて』

「担当と確認を続けています。こちらから連絡します」

『何の確認ですか。俺が会いたいって、まだ言ってないんですか』

「今日は、お答えできません」

 小さな息が聞こえた。

『分かりました。仕事、変わるかもしれないんで。それだけ先に、言っときます』

 電話が切れた。成瀬は時刻を書いた。広瀬が戻り、その紙を読んだ。

「明日の交代から、組み直す。今夜は変えるな」

 成瀬は担当へ連絡した。声を聞いたばかりの男の部屋は、ここから見えない。今夜も、誰かへ文を書ける。詩乃が保存していた長い返事を、画面へ開いたままにはしておけなかった。

 閉じて、取っ手の写真を広げた。

 十四日、古いテープの端の下に残っていた血液のDNA型が、遠山と一致した。

 同じ日に届いた認証記録では、三月三日二十三時十四分、相談相手のアカウントへログインした接続が、悟の部屋の固定回線と結び付いた。

 成瀬は記録を机へ置き、椅子の向きを変えた。戸崎が本部へ来ていた。三日前に退院し、今日は家族の車で送ってもらったという。椅子へ腰を下ろすと、左脚を伸ばして息をついた。入口で止められたことを文句にしていたが、写真を見ると黙った。

「これ、返された方じゃないんですね」

「勤務先から別の営業所へ出た方です」

「寺田さんは、きれいになったと思ってた」

 戸崎は写真を脇へ寄せ、認証記録を読んだ。成瀬は彼が顔を上げるまで待った。

「明日、詩乃さんに説明します」

「俺も行けます」

「二人で行くか、先に聞きます」

 戸崎は頷いた。杖を机へ立て掛けようとして滑らせ、成瀬が受けた。彼は礼を言って椅子の横へ置いた。

「一人の時、どうでした」

「足りませんでした。人が」

「俺じゃなくてもよかったって?」

「そういう意味でもあります」

 戸崎が笑い、途中で腹を押さえた。成瀬は、笑わないで、と言いかけた口を閉じた。

「次の紙、ください」

 戸崎が手を出した。

 翌日、詩乃は二人で来て構わないと答えた。戸崎は支援担当者に椅子を借り、成瀬が悟の名を告げた。

「真知さんの弟さん、ですか」

「はい」

「一緒に御飯、食べました」

 詩乃は戸崎を見た。

「何を話したか、思い出せないです」

 戸崎は手帳を開かず、聞いていた。

 詩乃は自分の頬へ手を当てた。

「何も知らない人だと思って、話してたんです。全部、向こうだけ知ってて」

 成瀬は、直接会った時と匿名でのやり取りを分けて、分かった範囲を伝えた。父に届いた写真が、相談へ送った画像から使われていることも。

 詩乃は紙を出した。折り目の破れかけた、相談の写しだった。

「捨てようと思ったんです。でも仕事のことも、家を出る時も、これに書いてあって」

 裏には細い字があった。昨日の日付と、したことの箇条書き。

「夜になると、書いてるんです。返事しにくいかなって、直して。送らないのに」

 戸崎は手帳を膝へ置いたまま聞いた。

「私、何か、自分でしたんですかね」

 成瀬は自分の鞄へ目を落とした。持ち手に触れてから、手を戻した。

 詩乃は頁を戻し、真知の家へ泊まらない方がいい、とある箇所で止めた。

「泊まるのはやめました。晩御飯は行きましたけど」

 少し息を漏らした。

「鍋ごと持って帰るんじゃ重いから、ここで食べなって」

 詩乃はそこで下を向いた。支援担当者がティッシュを寄せた。戸崎は手帳を鞄に戻した。

 しばらくして詩乃が、記録の残りも欲しいと言った。成瀬は担当へ確かめると答えた。

「小暮さんへの手紙は、混ぜないでください」

 詩乃は別のファイルを持っていた。

「あれは、こっちなので」

 遠山の事件について、逮捕状の請求資料がまとまった。

 翌十六日、勤務先で六時から悟と話す予定だった。令状が間に合えば切り替える。その間の所在は別の班が追う。

 広瀬の部屋を出ると、戸崎が廊下で待っていた。

「座って聞く仕事なら、明日から出ていいんです」

「荷捌き場へ出る仕事は」

「会議室の中にいます。動く人は、別に」

 成瀬は彼の顔を見た。

「昨日、足りないと言ったんで」

「人が、と言いました」

「俺も一人です」

 成瀬は返事を待つ彼を見て、配置を広瀬と確かめると言った。戸崎は頷いた。立つ時には、先に杖を取った。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人読書中
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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