迎えのない朝

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CHAPTER 22 / 28

第二十一章 言い分

九月十八日の金曜日、悟は部屋へ来てもらう方が早い、と言った。

 以前の派遣会社の資料も作業着もそこにある。午後の仕事へ戻る前なら見せられる。成瀬は訪問の範囲を確かめ、別の捜査員と二人で向かった。

 玄関を開けた悟は、弁当の蓋を持っていた。

「まだ食ってて。すみません、食べながらでいいですか」

「どうぞ」

 ワンルームの床には、二人が座れる場所が空けてあった。折り畳みの机に弁当と給与明細の束が載っている。カレンダーの黒い丸を、悟が指した。

「今日、夕方からもう一回。だから四時半には出ます」

「残った分は、また相談します」

「残すつもりなんですね」

 成瀬が答えを探す間に、悟は笑って明細を退けた。

「冗談ですよ」

 旧物流センターの作業指示書が出てきた。前年、二度入った記録と合う。反射材付きの作業着も二着あった。成瀬が写真を撮る間、悟は弁当箱の米を箸で集めた。

「番号なんて、覚えてないです。四番って言われても」

「旧棟へ入ったことは?」

「紙には、そう書いてあるんでしょう」

「あなたが覚えていることを聞いています」

 悟は箸を置いた。

「その聞き方、姉ちゃんもされました?」

 成瀬は顔を上げた。

「あの晩、二人で来たんでしょう。何を思い出せ、何を見たって。それで帰って、姉ちゃん殺されて」

「その時のことも、確認し直しています」

「確認はするんですね」

 隣の捜査員が座り直した。成瀬は指示書を元の向きへ戻した。

「今日聞くことを、先にお伝えします」

「分かってます。俺が何したか。姉ちゃんがどうだったかじゃなくて」

 携帯が鳴った。悟は表示を見て成瀬へ向け、職場です、と言った。

「出て構いません」

「ラベル? 貼り替えた? まだ。じゃあ、そのままにしといて。貼ってある上から貼ると、また読めなくなるから」

 悟は蓋を持ったまま笑った。

「怒られたの。それ、昨日も俺がやったやつ。自分が全部間違えましたって言わなくていいよ。聞いてやったんだろ。俺の名前、言えばいいから」

 隣の捜査員が腕時計を見た。悟はそれに頷き、弁当箱の上へ蓋を置いた。

「新しいのは右の棚。一番下。そっちじゃなく――あ、もうできたの。誰に聞いた。班長か。じゃあ、出来たやつ写真送って」

 成瀬は作業着の袖を揃えた。携帯から声が漏れたが、言葉までは聞き取れなかった。

「いや、違う。怒ってないって。いいよ、もう積んだんなら」

 悟は携帯を伏せ、弁当の蓋をした。

「新人です。俺に聞くって言ってたんで」

「台車の修理も、職場でしたんですか」

「寺田さんの? はい。合うピンがあったから。それと、テープがべたべただったんで替えました」

「ほかには」

「それだけです。直して返したら、何か悪かったですか」

「確認しています」

「便利だな、それ」

 悟は机の下から封筒を引き出し、資料の上へ置きかけた。表に真知と書いてあるのを見て、脇へよけた。

「借りた金。八千円です」

 訊く前に言った。

「夏前、携帯の払いが足りなくて。返す前に死んだんで」

「扱いは、担当に確認しましょうか」

「金の話にすれば、そうでしょうね」

 成瀬は封筒を見た。真知の名前の下に、鉛筆で何か書いて消した跡があった。

 悟が空の弁当を持って立った。流しの横には保存容器が伏せてあり、蓋の日付が油性ペンで黒かった。

「これも返すんですか。担当に」

「真知さんの物ですか」

「はい。ちゃんと洗ってますよ」

 悟は容器の蓋を取ったが、重ねる順が合わず、元へ戻した。

「返す先なくなったら、これどうすりゃいい」

 成瀬は返事をしなかった。悟は流しの前にしばらく立ち、それから机へ戻った。

 南口の弁当屋の話になると、悟は床に投げ出していた足を畳んだ。

「店を間違えた。それは、もう言いましたよね」

「通った道について、付け足すことはありますか」

「ないです」

 十九時三十六分の通話自体は記録にある。基地局の範囲では店の内外まで区別できない。話した十四分のずれを、悟は思い込みだと言っていた。

 成瀬は帰路の図を戻した。次の紙には匿名相談サービスの名を書いてある。

「これは、使ったことがありますか」

 悟は字を見て首を振った。

「ないです」

「読んだことも?」

「知らないです。何です、それ」

「詩乃さんが、ここで相談をしていました」

「そうなんですか」

 悟が紙を押し戻した。

「仕事のこととか、父親のことですか」

「その話はどこから」

「姉ちゃん。家にいたんですから、詩乃さん。父親と揉めて、今は縫う仕事してるって」

「店以外の作業場所についても?」

「店以外にもあったんですか」

 成瀬は待った。

「俺は二回しか会ってないですよ。年明けの飯と、春に箱届けた時。その子の仕事場まで、何で知ってるんです」

「直接の連絡はない、と」

「番号、知らないです」

「匿名でのやり取りもありませんか」

 悟は紙へ目を戻し、今度は成瀬を見た。

「匿名なら、分からないでしょう」

「詩乃さんだと分かって、連絡したことがあるかを訊いています」

「ないです」

 成瀬はその答えを書いた。隣の捜査員が腕時計を指した。成瀬も時刻を確かめた。あと二十分だった。

「宇津木さんや遠山さんのことは、真知さんから聞いたんですね」

「荷物運んだとか、ミシン直したとか。健さんは一回会いました。姉ちゃんの家で」

「真知さんも、詩乃さんに手を貸していた」

「飯出したんですよ。姉ちゃんは」

 悟は自分の弁当があった跡へ手を置いた。

「あの人、食わないと怒るんです。具合悪いのかって。違うって言うと、じゃあ食えって。おかしいでしょう」

「怒る、というのは?」

「怒鳴るとかじゃないです。そんなとこ、分けなくても」

 成瀬はペンを止めた。

「行ったら、もうあるんですよ。俺の皿が。こっちが何食いたいかも聞かないで」

「あの晩は、食べていましたね」

「出されたから。俺が食わないと、いつまでも片づけないんです。だから先に食って。それで、また来いってなる。今、食いましたよねって」

「真知さんが、そう言ったんですか」

「そんな言い方はしません。次は何食べるって、もうそういう話になるんです」

 成瀬は書きかけの言葉を見た。食べた、と書いたところで止まっている。続きを訊こうとすると、悟が時刻を告げた。二人は資料を戻した。悟は靴を履きながら、姉の鍵は前に返した、と重ねて言った。前に聞いた時と答えは同じだった。

 外階段へ出ると、成瀬は手提げの重さを左右で持ち替えた。悟が鍵を回して追いつき、まだ何か、と訊いた。

「今日は以上です」

「じゃあ、仕事行きます」

 彼は歩いていった。こちらが車に乗るまで、振り返らなかった。

 署へ戻ると、瀬尾が会議室で待っていた。

 本人の同意を得た範囲のメール原本を、ノートパソコンで示す。広瀬が複製の準備を進める間に、成瀬は九月九日の転送を読んだ。

 二十一時十四分。件名は、また来ました。

 これも無視でいいですか。

 添付された匿名の連絡は、その三分前だった。会社の郵便受けに詩乃に関係する物を入れた。受け取るかは仁が決める。本人が説明するまで開けずに取っておく。今、警察へ渡せば持っていかれると思う。必要な時には連絡する。

 瀬尾の返信は二十一時十六分。

 返信しない。会社へ行かない。画面を保存する。翌日、扱いを相談する。

 さらに二分後、仁は分かりましたと返していた。

「その晩に行ってます。会社へ」

 広瀬が防犯カメラの時刻を置いた。二十一時五十六分着、二十二時五分すぎ発。

「昨日、初めて知りました」

「翌朝、聞かなかったんですか」

「聞きました。何もしていない、と」

 瀬尾は画面をこちらへ向け直した。成瀬はスクロールを止めるよう頼んだ。必要になったら、こちらから連絡します。その一行を、十五日の呼出しと並べる。

「この時、こちらへ知らせなかった理由は」

 広瀬が訊いた。

「以前の匿名情報は把握されている。今度の封筒が本当にあるかも分からない。本人には取りに行かないよう言い、本人も行っていないと答えた。そこで止まっていました」

「あなたは」

「私も、確認していません」

 会議室の外を誰かが急いで通った。瀬尾は音の方を見ず、手を膝へ戻した。

「私がもっと早く、と言えば、皆さんが納得する話ではないでしょう。原本をお渡しします。私がしたことは、この通りです」

 広瀬は返事をせず、複製を担当する捜査員を呼んだ。

 成瀬は瀬尾を送り出してから、仁へ確認する箇所をまとめた。会社へ行った理由は経理書類だと言っていた。九分で出てきた。封筒を持ち帰り、開けなかった。

 翌日の確認で、仁はそこを訂正した。

「開けたら、また会わないって言うかと思って」

 娘本人から聞いたわけではない。そう確かめると、仁は頷いた。

「先生には、怒られると思って」

 成瀬はその答えも書いた。仁は何か言いかけたが、口を閉じた。謝罪を待たず、成瀬は次の時刻を確認した。

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目次

迎えのない朝

  1. 01序章
  2. 02屋根のない駅
  3. 03名前を知っている
  4. 04撮影室
  5. 05今日の配達
  6. 06冬を越した箱
  7. 07店を開ける人
  8. 08鍵を渡すまで
  9. 09部屋へ戻る服
  10. 10使わない鍋
  11. 11二人目
  12. 12青い丸
  13. 13三つの現場
  14. 14紺の半袖
  15. 15片方の補助輪
  16. 16店の中
  17. 17返す服
  18. 18店じまい
  19. 19積込口
  20. 20一人分
  21. 21手を貸す
  22. 22言い分読書中
  23. 23返す日
  24. 24丸を消す
  25. 25迎えに来る人
  26. 26あと一歩
  27. 27向かいの席
  28. 28終章 迎えのない朝

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