木曜、三輪さんへ電話する前に沙帆から返事が来た。
金曜の夜は三十分しか作れないという。私は預かったCDと、数字に印をつけた紙を出した。
全編を返したCDは家で聴く物と別に残す。カセットは三輪さんの家にある。もう一度確かめて電話した。
土曜の午後に伺う約束になった。できなければ午前に連絡する。
大学から、自分のした作業を書くよう頼まれていた。
航の案を開くと、先生の意向を受け、とある。一行消すと、次に先生の了承の下で、と続く。
全部を選びかけ、閉じた。
新しい画面を開く。何を残せるか考える前に、自分が落とした行を上へ書いた。
図書館の空いた机へ沙帆が来た。
私は大学へ出す文を読んでいた。彼女はヘッドホンを出す。
「言い訳っぽくない? これ」
「まだ。聴いてるから」
片方だけ外して答え、また戻す。私は自分の文へ目を下ろした。
意味が変わるとは考えていなかった、と書いていた。残した一行なら読めると思った。消した行と、つけた字幕を二つ並べた。
久住くんは少し遅れて来た。ノートを開き、アルバイトのシフトを沙帆へ訊いた。
「金曜、代われます。面談、午後なんですよね」
「まだ時刻、返事待ち。でも頼みたい」
「じゃ、先に店長へ言ってきます」
立ちかけたところへ律が来た。鞄から写真袋を出す。
「灯、ご飯、行く?」
「ここ、終わったら」
「何時」
私は時刻を見た。まだ最後の行を書いていない。
「あと二十分」
「じゃ、私、写真、見てる」
向かいへ座る。あの土曜にも何時、と訊いた。
西崎さんの研究を、大学へ提出する紙へ入れるか迷っていた。見本の音を使ったと私が思っていたが、彼の二年分の聞き取りは別にあった。私が読まなかったものを、なかったと書けない。
そこで手が止まる。
律は写真を袋へ戻す。私の文は読んでいなかった。画面を少し彼女の方へ向けた。
「これ、読んでほしい」
律が顔を上げた。
「いま?」
「あとででも」
彼女はうなずいた。
「私のは、まだ見せない。覚えてない所、灯に見せると、何かちゃんとなりそうで」
「うん」
私は最後に自分の名を書いた。沙帆は耳の片方を外し、今日、自分の三分を聴いてほしいと言う。
久住くんが電話を終えて戻る。もう店長には頼んだと言った。
「まだ面談、決まってないけど」
「空いたら戻せるので。先の方が頼めます」
沙帆は携帯を見た。私たちの二十分とは違う予定が、そこにはある。
沙帆の電話が鳴った。
画面を見て、今出る、と立つ。廊下で耳へ当て、窓の方を向いていた。
戻ると座る前に劇場、と言った。
「会いに来てくださいって。一度」
「決まった?」
「まだ。会うだけ。でも、会ってくれる」
鞄を引き寄せる。
「何着ていこう」
「白いの、貸そうか」
律が自分の袖を見た。
下へ着る物も借りることになり、合わなかったらごめんと沙帆が言う。律の肩へ手を置いて、離す。
「そんな違わないか」
「今、何、測った?」
「だいたい」
律が笑い、私も笑った。
久住くんが灯さんも行くかと訊いた。沙帆が私だけ、と先に答える。
「今度、音、聴かせて」
私は言った。
「新しいのもある」
「じゃ、新しいの」
沙帆は頷いた。律が帰りのご飯は、と訊いた。
安い所、今月もう、と沙帆が言う。私も久住くんも同じだった。
律が挙げた二つの店から、知らない方へ行きたいと私が答えた。
久住くんはノートを鞄へしまう。店長へ送った予定が、携帯の画面にまだ開いていた。
翌晩、沙帆の部屋でCDを作った。
借りた白い服は鞄へ畳んであった。律は自分の写真を見直したいと、来なかった。
数字の紙を開き、車の区間を聴いた。
三輪さんが道を尋ねる前の、車だけの所を短くする。帰ってきた、という声を残し、雨はそのまま。
切ってつなぐと、行った先が急に近くなった。
「あ、止まる所、なくなった」
沙帆が戻す。
車が止まり、誰かが息をつき、三輪さんが声をかけた。そこからにすると少し長くなった。
私は数字の横へ新しい印をつけた。
「三輪さんにも、ここ、もう一度聴いてもらう」
「土曜に間に合う?」
「作れる所まで持っていく。それで駄目なら、また」
元の全編とは別の名で書き出す。初めとつないだ所、最後を確かめ、家で聴く分、とケースへ入れる。
沙帆が時刻を見た。
「三分、聴いて。今度の方」
私は椅子へ座り直す。仕事の音が閉じられた。
雨が流れた。部屋で録った小さい音も奥に混じる。途中で彼女が画面を見たが、私は終わる所まで聴いた。
顔を向けられる前に、もう一回、と言った。