私がパンを食べ終えると、律は紙袋から一枚出した。同じ写真を二枚印刷したうちの片方だった。
「こっち、灯にあげる」
「航さんに渡したのと、同じ?」
「うん。久住がもう一回って言った時の顔、いいじゃんって。これが欲しいって言ったの、航だから」
写真の端に私の肩があった。久住くんが百円を持ち、航の手がその方へ出ている。
私が机へ置くと、律は写真を少し回した。
「灯も、いるよ」
「肩だけ」
「入れてあげたんじゃん」
私は写真の端を押さえた。律の指は、まだ角にあった。
「折らないでって言った。パン屋の前で。戸、引いてて、入れないから」
「押す方だよね」
「そう。教えたら、分かってるって」
金曜、沙帆と入った店だった。
「今から買うなら、そのまま電車に乗れるじゃんって。六時、一緒に帰るんでしょって言った」
「帰ろうって」
「ずっと。なのに、俺、戻らなきゃって。本を返すって」
律は私の飲み物を見た。
「家で読んだらって言ったの。そしたら袋、開けた。最初の所、折ってあって。意味、分かんないから、一つだけ訊くって。それで終わりって」
「分室へ?」
「うん。誰の本かは、訊いてない」
私は西崎さんの本の袋を思い出した。
「要さんの?」
「知らないって言った」
律は少し強く言った。私は口を閉じた。
「警察には、その話、した」
「うん」
「灯が昨日、元気だったって訊いたじゃん。私、写真を渡したんだよ。それを言いたかったのに」
写真の上から手を離した。航の手は、久住くんの百円へ届く途中だった。
「渡せたんだね」
「渡した。だから、先に帰ってって言われた時、さっきの写真、もう一回見せてって言えなかった」
私は皿を流しへ運びかけた。律の皿はまだパンの紙が載っていた。
「私と帰るために、戻ったんじゃなかったんだよね」
律が言った。
パンの代金を訊くと、こんな日にまで、と返ってきた。
払うと言った。
律はその後をやめ、レシートを捜した。丸まった端を伸ばして、私のパンと飲み物を指した。
硬貨を数える。一円が足りず、十円を置いた。
「そこまで、なくていい」
「お釣り」
律が財布を開けた。九円を私の掌へ置く。指が触れ、硬貨を握ると手は離れた。
「ごめん」
顔を上げると、財布をしまっていた。
「細かいの、出させた」
「うん」
どちらも笑わなかった。
こんなふうに払いたかったわけではない。レシートを持つ律へ、やっぱり、と言いかけてやめた。
署で、瀬川さんへ航が本を返すために戻ると言ったことを伝えた。
「そのお話も伺っています。宮原さんは、その本をご覧になりましたか」
「手に取ってません。分室で渡してる所なら、見ました」
先に航の傷について聞いた。胸の刺し傷が亡くなった原因で、頬の殴打と肩の衝突は、その傷とは別だった。
「服、白い方じゃなかったです」
私は紺の胸の前が開いていたことを話した。西崎さんが貸した、と最初に言ったことも。
「その服と、運び出された物を確かめています」
瀬川さんが、見た時の顔もお願いしますと言った。
私は分室を出る航の頬を話した。肩のぶつかった所も。顔を見ようとして、袋の肩紐の方を長く見ていた。
写真では、航の袋の外へ薄い冊子が開かれていた。
袋の口の所で頁が一枚折れている。パン屋でまだ何も買う前だった。
背へ西崎さんの名がある。
「それ、西崎さんが作った方です。棚で見えるようにって、私にも話して」
瀬川さんは誰から、いつ聞いたかを訊いた。月曜の机の見積のことを話した。
「土曜にも、渡す話をしてました?」
「航さんに渡してました。読んでって。最初の図を航さんが訊いたんです。日を跨ぐ所」
私は写真へ指を置いた。
「西崎さん、その時は次の予定を見せて。図の続き、見てなかったです」
私は写真の冊子から、航の袋へ目を戻した。
先生の了承のある紙を持ち帰るために戻ったのかと、私はまだ考えていた。開いた本と別の用事を、律の見ていない所へ足そうとしていた。
瀬川さんが次の写真を出した。机の紙と、保管室の入口だった。
私は、西崎さんが室内へ入ったと言った所を話した。
「二人で箱を出したって。私は店の窓から、二箱が車へ載るところを見ました。西崎さんは右の手を台車へ出して、左へ布があって」
その時、田辺さんは同じ机にいた。窓へ顔を上げ、殴った方、と訊いた。私は左ですと答えた。
帰る前、田辺さんが現場で持っていた物を訊かれた。保冷袋を取りに行くと話したのは、六時のメールが来た後だった。
瀬川さんは、彼女から布と鋏を預かったと話した。私は頬へ当てた濡れた布のことを訊かれた。航が一度返し、田辺さんは袋の持ち手へ掛けていた。
「鋏は、航さんのそばにあったんですね」
「床にあった、とおっしゃっています」
「救急へかける前に、鞄へ」
「その順序も伺っています」
田辺さんは袋を取りに来た。布に鋏を包み、携帯を取り出した。その後に西崎さんが戻った。
私は自分が着く前の二人を考えた。どちらも、胸を押す私の後ろにいた。
血のついた鋏を持つ最後の訪問者と、六時には大学にいた西崎さんの間を、私は何度も戻った。
帰りに西崎さんから、大学の人へ出す文に名前を入れられるか、と来た。
私が押した所なら自分で書くと返すと、助けた所まで入れて、と続いた。
〈私が電話で答えた所は、自分で伝えます〉
画面を閉じた。
澪さんの部屋へ行くと、沙帆がドアを開けた。
湿った服の下を通った。澪さんは袋からタオルを出していた。
「昨日、航の電話、出なかった」
私が座る前に言った。
「こっち、作業してたから。あとでかけるつもりだった」
携帯の履歴を見せる。私たちが食べる前だった。
「出たら、また怒ってたと思う。今も、それは言いたい」
タオルを大きい袋へ戻した。
「私へ送るって、私に言ってたんだよ。灯さんにも頼むって。そっちが先なのか、またって」
砂糖を出そうとして立った。沙帆が棚から取る。
「そこ、知ってたんだ」
「昨日も、取った」
私は持ってきた文を机へ置いた。澪さんは見たが、すぐには取らなかった。
「今日は、出来上がりを持ってきてって言ってないから」
「はい」
「持ってきたのは、助かる。あとで、私が見る」
洗濯は今日しなければならないという。沙帆が袋を持った。私は家族のタオルが入った小さい方を受け取る。
階段で持ち替えようとすると、澪さんが待った。
「急がなくていい。それ、乾いてないから、服につく」
昨日、航の袋の肩が濡れていた。そう思いかけて、私は自分の手を見た。
見た袋と見ていない袋が、頭の中で同じになっていた。