雨を閉じこめる

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CHAPTER 15 / 24

第十五章 渡した写真

私がパンを食べ終えると、律は紙袋から一枚出した。同じ写真を二枚印刷したうちの片方だった。

「こっち、灯にあげる」
「航さんに渡したのと、同じ?」
「うん。久住がもう一回って言った時の顔、いいじゃんって。これが欲しいって言ったの、航だから」

 写真の端に私の肩があった。久住くんが百円を持ち、航の手がその方へ出ている。
 私が机へ置くと、律は写真を少し回した。

「灯も、いるよ」
「肩だけ」
「入れてあげたんじゃん」

 私は写真の端を押さえた。律の指は、まだ角にあった。

「折らないでって言った。パン屋の前で。戸、引いてて、入れないから」
「押す方だよね」
「そう。教えたら、分かってるって」

 金曜、沙帆と入った店だった。

「今から買うなら、そのまま電車に乗れるじゃんって。六時、一緒に帰るんでしょって言った」
「帰ろうって」
「ずっと。なのに、俺、戻らなきゃって。本を返すって」

 律は私の飲み物を見た。

「家で読んだらって言ったの。そしたら袋、開けた。最初の所、折ってあって。意味、分かんないから、一つだけ訊くって。それで終わりって」
「分室へ?」
「うん。誰の本かは、訊いてない」

 私は西崎さんの本の袋を思い出した。

「要さんの?」
「知らないって言った」

 律は少し強く言った。私は口を閉じた。

「警察には、その話、した」
「うん」
「灯が昨日、元気だったって訊いたじゃん。私、写真を渡したんだよ。それを言いたかったのに」

 写真の上から手を離した。航の手は、久住くんの百円へ届く途中だった。

「渡せたんだね」
「渡した。だから、先に帰ってって言われた時、さっきの写真、もう一回見せてって言えなかった」

 私は皿を流しへ運びかけた。律の皿はまだパンの紙が載っていた。

「私と帰るために、戻ったんじゃなかったんだよね」

 律が言った。
 パンの代金を訊くと、こんな日にまで、と返ってきた。
 払うと言った。
 律はその後をやめ、レシートを捜した。丸まった端を伸ばして、私のパンと飲み物を指した。
 硬貨を数える。一円が足りず、十円を置いた。

「そこまで、なくていい」
「お釣り」

 律が財布を開けた。九円を私の掌へ置く。指が触れ、硬貨を握ると手は離れた。

「ごめん」

 顔を上げると、財布をしまっていた。

「細かいの、出させた」
「うん」

 どちらも笑わなかった。
 こんなふうに払いたかったわけではない。レシートを持つ律へ、やっぱり、と言いかけてやめた。

 署で、瀬川さんへ航が本を返すために戻ると言ったことを伝えた。

「そのお話も伺っています。宮原さんは、その本をご覧になりましたか」
「手に取ってません。分室で渡してる所なら、見ました」

 先に航の傷について聞いた。胸の刺し傷が亡くなった原因で、頬の殴打と肩の衝突は、その傷とは別だった。
「服、白い方じゃなかったです」
 私は紺の胸の前が開いていたことを話した。西崎さんが貸した、と最初に言ったことも。
「その服と、運び出された物を確かめています」
 瀬川さんが、見た時の顔もお願いしますと言った。
 私は分室を出る航の頬を話した。肩のぶつかった所も。顔を見ようとして、袋の肩紐の方を長く見ていた。

 写真では、航の袋の外へ薄い冊子が開かれていた。
 袋の口の所で頁が一枚折れている。パン屋でまだ何も買う前だった。
 背へ西崎さんの名がある。

「それ、西崎さんが作った方です。棚で見えるようにって、私にも話して」

 瀬川さんは誰から、いつ聞いたかを訊いた。月曜の机の見積のことを話した。

「土曜にも、渡す話をしてました?」
「航さんに渡してました。読んでって。最初の図を航さんが訊いたんです。日を跨ぐ所」
 私は写真へ指を置いた。
「西崎さん、その時は次の予定を見せて。図の続き、見てなかったです」

 私は写真の冊子から、航の袋へ目を戻した。
 先生の了承のある紙を持ち帰るために戻ったのかと、私はまだ考えていた。開いた本と別の用事を、律の見ていない所へ足そうとしていた。
 瀬川さんが次の写真を出した。机の紙と、保管室の入口だった。
 私は、西崎さんが室内へ入ったと言った所を話した。

「二人で箱を出したって。私は店の窓から、二箱が車へ載るところを見ました。西崎さんは右の手を台車へ出して、左へ布があって」
 その時、田辺さんは同じ机にいた。窓へ顔を上げ、殴った方、と訊いた。私は左ですと答えた。

 帰る前、田辺さんが現場で持っていた物を訊かれた。保冷袋を取りに行くと話したのは、六時のメールが来た後だった。
 瀬川さんは、彼女から布と鋏を預かったと話した。私は頬へ当てた濡れた布のことを訊かれた。航が一度返し、田辺さんは袋の持ち手へ掛けていた。
「鋏は、航さんのそばにあったんですね」
「床にあった、とおっしゃっています」
「救急へかける前に、鞄へ」
「その順序も伺っています」
 田辺さんは袋を取りに来た。布に鋏を包み、携帯を取り出した。その後に西崎さんが戻った。
 私は自分が着く前の二人を考えた。どちらも、胸を押す私の後ろにいた。
 血のついた鋏を持つ最後の訪問者と、六時には大学にいた西崎さんの間を、私は何度も戻った。

 帰りに西崎さんから、大学の人へ出す文に名前を入れられるか、と来た。
 私が押した所なら自分で書くと返すと、助けた所まで入れて、と続いた。

〈私が電話で答えた所は、自分で伝えます〉

 画面を閉じた。

 澪さんの部屋へ行くと、沙帆がドアを開けた。
 湿った服の下を通った。澪さんは袋からタオルを出していた。

「昨日、航の電話、出なかった」

 私が座る前に言った。

「こっち、作業してたから。あとでかけるつもりだった」

 携帯の履歴を見せる。私たちが食べる前だった。

「出たら、また怒ってたと思う。今も、それは言いたい」

 タオルを大きい袋へ戻した。

「私へ送るって、私に言ってたんだよ。灯さんにも頼むって。そっちが先なのか、またって」

 砂糖を出そうとして立った。沙帆が棚から取る。

「そこ、知ってたんだ」
「昨日も、取った」

 私は持ってきた文を机へ置いた。澪さんは見たが、すぐには取らなかった。

「今日は、出来上がりを持ってきてって言ってないから」
「はい」
「持ってきたのは、助かる。あとで、私が見る」

 洗濯は今日しなければならないという。沙帆が袋を持った。私は家族のタオルが入った小さい方を受け取る。
 階段で持ち替えようとすると、澪さんが待った。

「急がなくていい。それ、乾いてないから、服につく」

 昨日、航の袋の肩が濡れていた。そう思いかけて、私は自分の手を見た。
 見た袋と見ていない袋が、頭の中で同じになっていた。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真読書中
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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