雨を閉じこめる

最新版第五改稿版版を確認する →

CHAPTER 14 / 24

第十四章 抜粋

澪さんは店へ戻り、鍵を閉め直したという。
 私が分室へ入った頃に電話をしていた。着信に気づかなかった。袋に手帳が入っているか、確かめて、と言うためだった。
 もう見つかった、と私が答えると、そこじゃないでしょう、と彼女は言った。

「ごめん。航のこと、いま、聞ける人に代わって」

 警察の人へ電話を渡した。
 沙帆は自転車で来た。鞄へヘッドホンの線がまだ出ている。

「律は」
「電車で戻ってる」

 北町へ目を向け、沙帆はそちらへ行かなかった。
 田辺さんは廊下の椅子にいた。三輪さんからの電話へ、まだ病院は分からない、と答えた。
 瀬川さんが来ると携帯を渡した。先に救急へかけた履歴だった。六時の文が来たあとに店を出て、ここで航を見つけたという。

「袋を取って、帰るつもりだったの」

 瀬川さんが鞄を見る。田辺さんは膝から下ろさなかった。

「その中も、見せていただけますか」

 口を開け、財布を取った。細い包みが、財布の下へ残った。
 彼女はその上へ手を戻した。

「これ、私の布で」
「はい」
「鋏も入ってます」

 瀬川さんが机の方を示した。二人がそちらへ移り、私もついていった。田辺さんが包みを置く。布へ赤い所があった。

「どうして、鞄へ入れたんですか」
「拾ったの。床にあったから」

 包みが開かれた。田辺さんはそちらを見て、私へ顔を戻した。

「航君が、顔、冷やしたでしょう。それよ」

 航が受け取り、田辺さんへ戻したことを話した。その時には赤い所を見ていなかった。

「これを入れた後に、救急へ?」

 瀬川さんが訊いた。
 田辺さんは頷いた。自分の掌を、膝の上で拭いた。

 律が病院へ行くと言った時、私は彼女の肩へ手を出した。
 律がその手を払った。

「ごめん。今、触んないで」
 手を戻したあと、謝られた。私は頷いた。

「さっきの、写真」

 彼女が言いかけた。

「ごめん、今、写真の話、待って」

 そう答えると、律は自分の携帯を見た。
 私は待って、と呼びかけた。顔が上がる。

「殴った後に、会ったんだよね。航さんと」
「会った」
「元気だった?」

 律は少し黙った。

「喋った。歩いた。元気って、いま訊かれても」

 私は頷いた。彼女が出る時、今度は触れなかった。

 夜、律から亡くなった、と来た。
 私は流しへ手をついた。律へ、帰るの、と送ったのが今日のことだとは思えなかった。

〈明日、行っていい〉

 うん、と返した。次に、いまの音、と来た。

〈あれ、私が切った〉

 画面を見ていた。何を、と打てなかった。

 日曜、律はパンを二つ持って来た。
 台所へ椅子を置き、携帯を出した。私は袋を開かなかった。

「長い方、警察へ渡した。灯のこと、入ってる」
「聴く」

 西崎さんが、お前も書けばいいだろ、と言った。その後、航は私にまとめてもらうつもりだと答えた。

『あいつ、頼まれた通りにきれいにしてくれるから。中身まで口を出さないし』

 律は止めなかった。私は紙パックへ、包んだままのストローを当てた。
 悪く言ってない、助かるって話、と航は続けた。

「昨日、これ聴いてたら、私、違うこと言ったかもしれない」
「うん」
「読んであげてって、律が言ったんだよ」
「言った」

 携帯が机へ置かれた。

「私、灯がそんなふうに言われるの、聴きたくなかった」
「私だけ、知らないまま」
「そうなる」

 私はストローの包みを破いた。短い方が床へ落ちた。
 律は拾おうとしてやめた。私が取って机の端へ置いた。

「航にも、言った。パン屋の前で」
「何を」
「灯に頼めば早いって。また言ったから。まず澪さんへ送ってって、私も言った」

 パンの袋が私の腕へ触れた。

「私、嫌なこと聞いたら、航を嫌いにならなきゃいけない気がしてた」

 律は窓を見た。

「楽しかったんだよ。私」
「私も楽しかったよ」

 声が大きかった。

「だから嫌なんじゃん」

 久住くんのフライから湯気が出たことを思い出した。航が飲物を渡し、律が私の袖を掴んだ。
 また行けると思っていた。
 パンを開け、ひと口食べた。すぐにもうひと口食べたかった。

「律も食べて」

 彼女は袋を開けた。机の携帯は暗くなっていた。

読んだ位置は、このブラウザに自動で保存されます。

目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋読書中
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

読みやすく整える

文字の大きさ
背景の色

設定と読んだ位置はこのブラウザだけに保存されます。別の端末には同期されません。