澪さんは店へ戻り、鍵を閉め直したという。
私が分室へ入った頃に電話をしていた。着信に気づかなかった。袋に手帳が入っているか、確かめて、と言うためだった。
もう見つかった、と私が答えると、そこじゃないでしょう、と彼女は言った。
「ごめん。航のこと、いま、聞ける人に代わって」
警察の人へ電話を渡した。
沙帆は自転車で来た。鞄へヘッドホンの線がまだ出ている。
「律は」
「電車で戻ってる」
北町へ目を向け、沙帆はそちらへ行かなかった。
田辺さんは廊下の椅子にいた。三輪さんからの電話へ、まだ病院は分からない、と答えた。
瀬川さんが来ると携帯を渡した。先に救急へかけた履歴だった。六時の文が来たあとに店を出て、ここで航を見つけたという。
「袋を取って、帰るつもりだったの」
瀬川さんが鞄を見る。田辺さんは膝から下ろさなかった。
「その中も、見せていただけますか」
口を開け、財布を取った。細い包みが、財布の下へ残った。
彼女はその上へ手を戻した。
「これ、私の布で」
「はい」
「鋏も入ってます」
瀬川さんが机の方を示した。二人がそちらへ移り、私もついていった。田辺さんが包みを置く。布へ赤い所があった。
「どうして、鞄へ入れたんですか」
「拾ったの。床にあったから」
包みが開かれた。田辺さんはそちらを見て、私へ顔を戻した。
「航君が、顔、冷やしたでしょう。それよ」
航が受け取り、田辺さんへ戻したことを話した。その時には赤い所を見ていなかった。
「これを入れた後に、救急へ?」
瀬川さんが訊いた。
田辺さんは頷いた。自分の掌を、膝の上で拭いた。
律が病院へ行くと言った時、私は彼女の肩へ手を出した。
律がその手を払った。
「ごめん。今、触んないで」
手を戻したあと、謝られた。私は頷いた。
「さっきの、写真」
彼女が言いかけた。
「ごめん、今、写真の話、待って」
そう答えると、律は自分の携帯を見た。
私は待って、と呼びかけた。顔が上がる。
「殴った後に、会ったんだよね。航さんと」
「会った」
「元気だった?」
律は少し黙った。
「喋った。歩いた。元気って、いま訊かれても」
私は頷いた。彼女が出る時、今度は触れなかった。
夜、律から亡くなった、と来た。
私は流しへ手をついた。律へ、帰るの、と送ったのが今日のことだとは思えなかった。
〈明日、行っていい〉
うん、と返した。次に、いまの音、と来た。
〈あれ、私が切った〉
画面を見ていた。何を、と打てなかった。
日曜、律はパンを二つ持って来た。
台所へ椅子を置き、携帯を出した。私は袋を開かなかった。
「長い方、警察へ渡した。灯のこと、入ってる」
「聴く」
西崎さんが、お前も書けばいいだろ、と言った。その後、航は私にまとめてもらうつもりだと答えた。
『あいつ、頼まれた通りにきれいにしてくれるから。中身まで口を出さないし』
律は止めなかった。私は紙パックへ、包んだままのストローを当てた。
悪く言ってない、助かるって話、と航は続けた。
「昨日、これ聴いてたら、私、違うこと言ったかもしれない」
「うん」
「読んであげてって、律が言ったんだよ」
「言った」
携帯が机へ置かれた。
「私、灯がそんなふうに言われるの、聴きたくなかった」
「私だけ、知らないまま」
「そうなる」
私はストローの包みを破いた。短い方が床へ落ちた。
律は拾おうとしてやめた。私が取って机の端へ置いた。
「航にも、言った。パン屋の前で」
「何を」
「灯に頼めば早いって。また言ったから。まず澪さんへ送ってって、私も言った」
パンの袋が私の腕へ触れた。
「私、嫌なこと聞いたら、航を嫌いにならなきゃいけない気がしてた」
律は窓を見た。
「楽しかったんだよ。私」
「私も楽しかったよ」
声が大きかった。
「だから嫌なんじゃん」
久住くんのフライから湯気が出たことを思い出した。航が飲物を渡し、律が私の袖を掴んだ。
また行けると思っていた。
パンを開け、ひと口食べた。すぐにもうひと口食べたかった。
「律も食べて」
彼女は袋を開けた。机の携帯は暗くなっていた。