雨を閉じこめる

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CHAPTER 22 / 24

第二十二章 持って帰る

その週、大学から私物を受け取る日が来た。
 職員のいる時間に持ち主ごとに分けるという。私は律へ送り、久住くんにも送った。午前は授業、と返る。沙帆は蓋のついたマグカップを取りたいと言った。

「置いてたの?」
『飲みかけてた。鞄へ入れられなくて』

 自分の希望を返すと、三輪さんへ電話した。頼まれた音はまだ作れていなかった。

『来週までに電話、って言いましたね』
「はい。今日、電話を」
『忘れたのかと思った』

 私は謝った。沙帆へ金曜夜に作る時刻を確かめ直し、もう一度連絡すると答えた。
 木曜へ電話、と書いた。三輪さんが忘れたのかと思ったと言った声が、もう一度耳へ戻った。

 西崎さんからの電話は、もう来なくなった。大学からは職員のいる時間に受け取るよう連絡があった。

 澪さんには横浜駅で会った。
 弟の家へ、自分の本を取りに行くという。手伝えるか訊くと、重くなかったらと返ってきた。
 折り畳みの袋を一つ渡され、先に食べていい、と地下の店へ入った。
 私は普通の麺、澪さんは辛い方を取る。少しもらって水を飲んでいると、彼女は普通の方を食べていた。

「先生のこと、聞いた。お母さんからも大学からも」

 箸を置いた。

「航が、先生が倒れてる所で、声を流してたんだね。私に返す分を取るために」
「はい」
「私に電話すればいいのに。出なかったかもしれないけど、仕事してたら。それでも」

 私は返事を待った。澪さんは水を飲んだ。

「最後の紙は、自分のこと書いてたんだって」
「私も、聞きました」
「それで、ちゃんとしてた、にはならないんだけど」

 麺を一口食べ、口を閉じたまま鼻へ手を当てる。私は水を彼女の方へ寄せた。

「航さん、西崎さんの本を、返すって言ってました」

 澪さんが水を置いた。

「読んだの?」
「最初の所、分からないと西崎さんへ言ったって。もう、二人で食べた後に」
「それ、聞きに戻ったんだ」

 私は返事をしかけた。

「そうだったら。あいつ、私にもそうなの。分かんない所、付箋にして。次に会った時、一緒に見ようって。私、読む暇、あったりなかったりなのに」

 箸を取った。

「私が要る所に貼ったんじゃないんだよね。いつも」

 食べようとした麺が器へ戻った。

「西崎さんにも、自分の文を先に読んでって、言ってました」
「それで殴られた所、灯さんが見たんだね」
「はい。その後、分室を出て。私、じゃあね、言わなかったんです」

 澪さんは頷いた。

「私は出なかった。電話。あとで、また話せると思って」

 水を取って、少し飲んだ。

「どっちも、あの時、怒ってたんだよね」
「はい」
「今も怒るよ。返したら終わるんじゃないんだからって。でも、もう一回、読んでって言われると、読みたくもなると思う。私」

 私は自分の麺を見た。
 航の袋には、律が渡した写真があった。西崎さんが読んでほしくて渡した本も、返すと言った後に開いていた。
 西崎さんの電話の言葉を澪さんに一度に話したくなった。何を訊き、何へ答えたのか。
 彼女の手が止まっていたので、私は箸を取った。

「灯さん、冷めるよ」

 言われてから自分の器を寄せる。私が食べると、澪さんも残りを口へ運んだ。
 袋を畳んで返した。本が何冊あるのか訊くと、分かんない、と答えた。

     *
 弟の家の戸へ着くと、澪さんが立ち止まった。

「何があるか、知られたくない物、あったらどうしよう」
「外で待ちますか」
「でも重いの、持ってもらうんだよね」

 袋を見せた。まだ何も入っていなかった。
 鍵が開く。部屋に大学の箱はなかった。画面の前に椅子があり、背へ服が掛かっていた。澪さんは持ち上げ、私に見えない向きへ畳む。
 本を二冊取り、頁を開く。細い付箋が何本も上へ出ていた。

「取っとこうかな」

 取らずに袋へ入れた。
 私は出された本の向きを変えた。底が狭く、三冊目から斜めになる。

「これ、私のじゃなかった」

 一冊戻そうとして隣を倒した。あー、もう、と小さく怒り、直した。
 片方の靴下が床にあった。もう片方を椅子の下で見つけ、二つを揃える。しばらく手に持っていた。

「こんなん、持って帰っても」

 その後、服の袋へ入れた。
 私の持つ本は思ったより軽かった。重いと言うのも違うので、何も言わなかった。
 出る前に、澪さんが椅子を引いて机の下を見る。何も取らずに戻した。

「来週、もう一回。灯さんは、来なくてもいいよ」
「連絡、ください」
「うん。重くなったら」

 鍵をかけた。
 電車で袋を膝へ置き、駅が変わるたびに口を開きかけて閉じた。
 横浜へ戻る前、澪さんが私を見た。

「楽しかった話も、まだしていいんだよね」

 私は頷いた。

「今日は、しないけど」

 袋の口が、彼女の膝でまた折られた。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る読書中
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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