雨を閉じこめる

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CHAPTER 12 / 24

第十二章 持ってくる方

印刷店のドアには本日の営業終了が掛かっていた。
 横の通用口で沙帆が手を振る。私が袋を見せると、こっち、と机を指した。

「ご飯、まだ?」
「おにぎり、一個」
「こっち、今から」

 澪さんが冷蔵庫から袋を出した。家で作るつもりだった麺を持ってきたと言う。

「鍋、小さいから、二回ね」
「私は食べたので」
「量だけ言って。食べたって言った後でも、お腹すいたら」

 椅子を借り、袋を足の間へ置いた。
 沙帆が自分の音を開く。三分、と言い、澪さんへ、さっきの方じゃない、と続けた。私はヘッドホンを受け取った。
 雨は弱くなり、また大きくなる。店の向こうで電話が鳴った。
 澪さんが取る。三輪さん、と言い、来るなら表じゃなくて横、と続けた。
「先生へ返してもらう方、自分でも聞きたいって。姪御さんと、ここまで来てる」
「田辺さんは?」
「一緒。さっき、幸枝の家で待ってるって、そっちにもかけたの」
 沙帆が椅子を引いた。三輪さんが先に入り、田辺さんが傘をまとめた。姪御さんは夕方の仕事へ行くので、ここからは二人だけだという。
「お茶、お願いしてもいい?」
 三輪さんが訊いた。澪さんは、まだお湯、ある、と鍋を見た。
「私も、少し」
 田辺さんが隣へ座った。
 鍋を流しへ下ろした。湯気が私の机まで来た。

「ここへ来たら、私にも訊いて。勝手に呼んであげるって返事しないでね」
「はい」
「あと、灯さん。六時に送るって、航から来てるけど」

 澪さんは自分の携帯を差し出した。添付はなかった。
 沙帆の音が止まる。終わりまで聴いたと思ったら、まだ少しあった。

「私、まだなの」
「あ、ごめん。もう一度」
「頭からにする?」
「いまの少し前から」

 鍋の音が小さくなった。今度は画面を見ず、終わるところを待った。

 麺を半分だけもらった。食べる間に律から、会えた、と来た。

〈帰るの?〉

 送ると、先に帰ってと言われた、という返事だった。写真は渡した、ともう一つ来る。

〈今、どこ〉

〈駅。電車待ってる〉

 私は机の椅子を引いた。澪さんが私の箸を見た。

「電話するなら、置いて。汁、こぼれるから」

 店の外で律へかけた。

「航、何て」
「帰る。私とじゃなくて」
「どこへ」
「知らない」

 電車の来る音がした。

「写真、要らないって言われた?」
「欲しいって。だから渡した」
「その写真」
「火曜の。久住が、ちゃんとやってくださいって言った後の」

 律から写真が来た。パン屋のドアの脇に、航がいる。分室から持って出た袋を片手に下げ、もう片方の手をこちらへ出していた。頬の赤い方を見ようとして撮ったと言う。

「パン、買ったの?」
「まだ。今から買うって。私、もう行くって言ったから」
「一緒に食べなかった?」
「写真、渡しただけ。私も、帰りたかったの」

「消してって言われた。灯、先に、顔、見て」

 私は画面を開いた。律は電車へ乗るから切る、と言った。
 私は分かったと答え、店へ戻った。
 澪さんも携帯を持っていた。

「灯さんに頼んだら早いって。私に送る分、まだなのに」

 私が返事を打とうとすると、麺が伸びるよ、と言われた。
 沙帆は次の音へ線をつないでいた。いまのは応募したものと違い、部屋の中も入れていると言う。

「あとで、それ、聴く」
「先、食べたら」

 私は麺を取った。三輪さんは少しだけもらい、田辺さんはもう食べた、と断った。
「これも、先生へ渡してたから」
 田辺さんが財布から控えを出した。会場へ払った方だという。
「私が払ったのよ」
「分かってる。私が払ったことには、してないでしょう」
 三輪さんは控えを返した。
「半分だけでも、返せると思ってたの」
「私が聞きたいのは、声の方」
 澪さんが空の皿を取った。田辺さんは控えを財布へ戻した。

 窓の外に宅配の車が止まった。人が茶色の箱を載せる。上の箱へ黄色いベルトが渡っている。午後、西崎さんが本の上へ服を詰めた箱だった。
 西崎さんが右の手で台車を押さえていた。左へ白い布が巻かれている。
「手、どうしたんだろ」
 私が言うと、田辺さんが窓を見た。
「殴った方?」
「左です」
 車が角の向こうへ行く。西崎さんは大学の方へ歩いた。

 久住くんから、大学の道具は返った、と来た。自分の鞄はまだ分室、と続いていた。
 六時を少し過ぎて、澪さんが、来た、と言った。航の文だった。
 私にも届いていた。先生が倒れていた時に先に資料を取った、と始まる。律にはまだ来ていないらしい。
「今、航、どこ」
 澪さんが電話をかけた。出なかった。
 久住くんから、窓口へ西崎さんが来たので鍵は本人、ともう一つ届く。職員へ話があって待っているという。
 田辺さんは立った。
「私、袋忘れてる。冷蔵庫へ入れてくれたの、取って帰る」
「明日でも」
「傷むでしょう。あれ、明日には持って行けないから」
 三輪さんは椅子を動かなかった。
「私はここで読む。私の所、あの子、何て書いたの」
 澪さんが自分の画面を渡した。田辺さんは妹へ戻りかけ、鞄を持ち直した。
「じゃ、先に。袋、一緒にするから」
 田辺さんが出た。三輪さんは画面の一行へ指を置いた。自分が送った電話の所だった。

 私の鞄を開くと、財布の下へ手帳がない。
 机へ全部出し、借りたCDの袋もめくった。分室で持っていたのは覚えている。分室で澪さんの言葉を書き、そのまま置いたのだと思った。

「今日、戻らなきゃ駄目?」

 沙帆が訊いた。

「先生の電話の所も、入ってて。明日、持っていくので」
「明日、朝、行けば」

 澪さんは画面から顔を上げた。

「私、店、閉める。駅までなら一緒」

 私は職員へ連絡した。分室の施錠は最後に出る人へ頼んだが、鍵を窓口へ返すのは月曜になるという。自分の鍵で入っていいか訊くと、私物を取るだけなら、窓も見てほしいと言われた。
 久住くんへ、手帳を取りに戻る、と送る。工具の袋を置いたままなので、まだ開いていれば取りたい、と返ってきた。
 沙帆が空の容器を集めた。

「私、先に持って帰るね。自転車だから」

 澪さんへ、麺、あとで、と言う。何の返事かを訊くと、晩御飯代、と返ってきた。
 私は自分の分を机へ置いた。澪さんが釣り銭を出す間、店のシャッターの音を聞いていた。

 分室へ戻る角に、宅配の車はもういなかった。濡れた道を壁へ寄って通った。荷物がなくなれば、久住くんも月曜には困らない。
 手帳だけ取ったら帰り、沙帆の音を最後まで聴こうと思った。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方読書中
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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