雨を閉じこめる

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CHAPTER 07 / 24

第七章 返す人

先に出てきたのは紙だった。
 航が鞄の口へ手を入れ、上の方を取り出す。警察の人が、機器の方からお願いします、と言った。

「大学のです。昨日、久住颯太から」

 紐が鞄の金具へ引っかかった。律が手を出しかけ、航は自分で外した。
 電源は入れないでと言われ、入れてないです、と少し強く答えた。
 私たちは北町を出た。戸口に人がいて、先生は見えなかった。

「颯太、呼ぶ」
 律が携帯を出した。
「律」
「大学の物でしょ」

 航は紙を脇へ抱えた。角が折れていて、親指で押し戻している。
 私は分室の窓を見た。私たちが飛び出してから、開いたままだった。

 瀬川さんは髪を後ろへ結び、首に細い紐を掛けていた。警察手帳の字より、顔の写真を先に見た。

「ここで、少しお話できますか」

 分室の玄関の脇だった。私は、先生、病院へ、と言いかけた。

「確認しています。いらした所から、順に」

 西崎さんが原本を確認しに行った。戻らないので電話した。倒れていると言われて来た。
 身体を動かした所で、誰が先に手を出したのか分からなくなった。

「肩を西崎さんが。私、背中を」

 自分へ触れながら話すと、最初に見た位置を訊かれた。横向きで、顔が椅子の下へ入っていた。椅子は邪魔で、西崎さんがどけた。

「床の刃物は」
「黒い柄の包丁です。触っていません」
「こちらの仕事で、刃物を使うことはありますか」
「カッターなら、箱を開ける時に。包丁は、私、ここでは使ってないです」

 持ってきた人を見たか訊かれた。木曜もほかの日も、私は見ていなかった。
 先生の傷を訊きたかったが、服の暗い所を思い出し、声にできなかった。

「昨日、先生と電話したんです」

 履歴を出そうとして沙帆の連絡を開いた。分室いる、入口何、と二つ来ていた。
 戻して十六時十八分を見せる。一覧を刷り直し、二枚になったと先生が読んだことを伝えた。
 瀬川さんは送ったファイルも見たいと言った。

 沙帆が玄関へ来た。

「何があったの」
「先生が倒れてて。西崎さんに呼ばれて」

 私は瀬川さんの次の質問を待ってしまった。沙帆は北町を見て、口を開けたまま閉じた。
 今の話を先にと言われ、脇へ離れる。鞄からヘッドホンが下がっていた。
 木曜の雨を録ったのは彼女だと、私は瀬川さんへ言った。

「軒下で。応募の音を」
「長い方も残っていますか」

 沙帆に訊くと、残ってる、と答えた。家で写した控えと、機器のカードにある。
 瀬川さんは後で直接話したいと頼んだ。沙帆は頷き、応募へ出したのは声の入っていない三分だと先に言った。
 田辺さんが一緒にいたことも話した。外の声のような音がした間、私の一覧へ指を置いていた。

「先生が何か言ったと思いましたか」
 瀬川さんが訊いた。
「言葉は分からなかったです。向こうの窓が、開いていたので」

 窓から人は見えなかったことも話した。田辺さんの近い声と、遠い方の音は、同じ所には聞こえなかった。

 久住くんが来た。機器より先に航へ何か言うかと思ったが、後ろに番号があります、と警察の人へ示した。
 貸出の紙を大学の人と取りに行く。私の机には三輪さんの控えが載り、返却欄にも全部の印があった。
 戻ると、いつ止めたかを航が答えていた。

「北町へ戻った時に。夜、家へコピーしました」
「北町で聴き直した分も話せ」

 西崎さんが言った。大学の人と話していた所から来ている。

「夜だけじゃないだろ」

 航が口を閉じた。警察の人が、西崎さんにも別に伺います、と言う。

「北町の、スピーカーにつないで。先生の言った所を聴きました」

 私は机へ残った線を思い出した。
 久住くんが、返す前に消していませんね、と訊く。コピーしたけど本体は、と航が答え、途中で止まった。

「カードもパソコンも、操作した分を確認します。どこへ写したかも教えてください」

 警察の人が言った。
 西崎さんが別の方へ呼ばれた。私は、北町で何を聴いたかの返事を全て聞ける所にはいなかった。
 律が水を買うと言った。

「俺はいい」
「私が飲むの」

 航が、じゃあ、と答えた。律は返事をせず出ていった。

 瀬川さんへ木曜の続きを話した。
 三時二十二分に、先生の机へ録音機を置いた。航と一緒に分室へ戻ったのは四時前で、私が先生へ電話した後、田辺さんが戻った。それから航がまた行った。
 携帯の写真を見せる。本人へ返す、の字と、先生は帰った、の文。

「先生が書いている所を見ました?」
「いいえ。写真だけです」
「先生が出た所は?」
「見てません。航さんと西崎さんが出た所は」

 二人の話しかしていないことに、答えてから気づいた。
 田辺さんの案内に、名前の下の線があったことも伝えた。先生に大きくした方がいいと言われた、と彼女が話した。

「木曜に持ち帰った紙ですね。ほかにも見た所はありますか」

 私は二枚の内側が同じ形に切れていたことと、赤黒い所を話した。先生に取られたので返してもらった、と田辺さんが言ったことも。
「戻って手を洗って、その紙を見せました。航さんが出る前です。西崎さんは、私と送り状を」
 先生と電話した時から、送り状を合わせ、田辺さんが戻るまでを指でなぞった。
 瀬川さんが写真を開いた。十四へ直した紙の頭が、十三の一覧の下から出ていた。
「下の紙も、木曜に見ました?」
「数字だけ。先生が、二枚になったのかって言ってたから、あの後に刷ってくれたのかと」
 それも写真に写っていた範囲だった。先生自身は、どこにもいない。机の下も写っていない。
「帰ったと、文にあるので」
 言ってから、その文も航が打ったことに気づいた。

「これが届いた時、西崎さんは」
「私の隣でした。機械の紙を出してて。電話の途中で」

 瀬川さんは写真を戻さず、私がそれを受け取る前の作業を聞いた。私は、先生が帰ったという文をもう一度読んだ。

 夕方、田辺さんが来た。
 北町へ行こうとして止められ、分室へ回ったのだった。私を見つけると先生は、と訊いた。
 救急の人が、としか言えなかった。
 沙帆が鞄を持つと、田辺さんが強く引いた。二人で同じ取っ手を持つ。沙帆が離し、少し寄った。
 瀬川さんが名乗る。田辺さんは妹のことで、と始めた。

「先生、亡くなったんですか」

 瀬川さんが、真壁さんは亡くなっています、と答えた。
 いやだわ、と田辺さんが言った。もう一度、同じ声だった。

「幸枝にも連絡しなきゃ。先生へ言うこと、まだあるのに」

 私は案内の名前の線を思い出した。直してまた見せればいいはずだった。次がなくなったことを、いま私も聞いた。
 木曜に持っていた物を確認したいと、瀬川さんが言った。布袋、手帳、案内も。田辺さんはまだ家にあると答えた。
「手を切ったんですか。木曜に」
「私のじゃないの。紙、取った時に」
 田辺さんが右の手を出した。指の間が少し白かった。

「包丁は」

 別の警察の人が言うのが聞こえた。私は顔を上げた。田辺さんの返事までは聞こえなかった。部屋へ案内されていく。
 私の携帯が鳴った。母から、今日帰るのか、と来ている。
 いつもなら帰ると打つ。押した胸の硬さが手に戻り、どこへ帰るのか分からなくなった。
 廊下で田辺さんの携帯も鳴った。彼女は足を止め、すぐには取らなかった。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人読書中
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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