雨を閉じこめる

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CHAPTER 06 / 24

第六章 声の置き場所

金曜の朝、沙帆から送った、とだけ来た。
 メールを見てから、劇場のことかと訊いた。そう、と返る。昼から来る、と続いた。
 お疲れ、と送って止めた。昨夜どこで食べたのかも、聞きたかった。
 分室で鞄から封筒を出した。テープとCD、写真八枚、受取の控え。全部揃え、もう一度入れる。
 西崎さんは北町から運んだ紙を分けていた。

「先生、今日は来られますか」
「大学の方の用事って言ってた」
「写真は、このまま返してきます」
「うん」

 机には青い付箋が一枚残った。田辺さんはまだ来ていない。手帳を置いていた場所へ付箋を戻し、私は十一時前に出た。

 三輪さんは戸を開けて待っていた。
 家の中でラジオが鳴っている。来週来る姪に何を出すか考えていたと言う。

「前、椎茸、嫌いだって言われたの。母親に訊くと、家で全部食べるって。味が違うんでしょうね」

 笑っていたので、私も笑った。
 写真を先に取ると、ああ、寝てる、と田辺さんの所だけ寄せた。

「暑い日は、靴下から脱ぐの。お姉ちゃん」

 片方だけ、足に靴下がなかった。
 三輪さんがCDを出しかけた。真ん中を押すと、と私が言うと、そのぐらい分かります、と返った。

「すみません」

 彼女は指で押して出した。私は控えを向ける。

「途中の違う音も、そのままです。順番も変えていません」
「分かりました」

 名前を書いて紙を戻す。

「広くなったね」
「書き直しました」
「ありがとうございます」

 広報の記事は取りやめることにしたと言う。直した文も見せると言われたが、載らない方がよいと自分で返事をした。
 私は大学の映像も止める連絡を始めたことを伝えた。三輪さんは封筒を棚へ置き、写真だけ持った。

「灯さん、お昼は」
「戻ってからです」
「そう。じゃあ、ありがとうございました」

 上がるようには言われなかった。私は門を出て、受取の控えを確かめた。三輪幸枝、大きな字の下に小さい日付があった。

 戻ると、航が私の椅子へ座っていた。
 上着を脱いだばかりで、立ったあとの椅子が温かかった。

「先に形、見てほしかった」

 訂正のお知らせ。三輪さんの発言の前後が落ちたこと、澪さんの申し出が適切に扱われなかったこと。下には先生がこの訂正を了承した、とある。

「昨日、全部読んでもらえた?」
「文はまだ、直すけど」

 私が読み直す間、航は鞄を閉じた。昨日の空欄は埋まっていた。先生の署名はなかった。

「私の名前、入れる?」
「入れたい?」
「字幕を、私が」
「一人のせいにする文じゃないから」

 ほっとした自分が嫌になった。私は手をその行へ置いた。
 西崎さんが机から見た。

「宮原、もとの申し出の紙、こっちに残ってる?」
「昨日、印刷したのを航さんへ」
「北町の原本は」
「先生がご覧になっていた方は、向こうだと」

 航が、こっちにある、と鞄へ手を出した。

「原本?」

 私が訊くと手が止まった。
 西崎さんが青い札の鍵を取る。

「確認する。先生の控えも混ぜてないか」

 上着を取らずに出た。航は鞄を開けなかった。
 律が来て、颯太のやつ返した、と訊いた。航が今から、と答える。

「それ、大学のだよね」
「分かってる」

 律はどかず、私の机の文を読んだ。航は姉の方だからと言って、紙を裏へ返しかけた。
 私は三輪さんの返却欄へ印をつけた。これで全部だった。

 西崎さんが戻らないので電話をした。
 呼び出しが続き、宮原、と声が出た。

「原本、ありました?」

 向こうで物が倒れた。机か椅子のような音だった。

「来て。北町」
「先生の所ですか」
「先生が倒れてる。いま救急、呼ぶ」

 立った椅子が律へ当たりかけた。西崎さんに呼ばれたと言って外へ出る。横断歩道へ回る所で、携帯を持つ手を替えた。
 北町の戸は開いていた。
 西崎さんは棚の前にいた。私が入ると奥を見る。

「先生が」

 電気のついていない机と流しの間に、靴の先が見えた。
 回ると、先生が横向きに倒れていた。白いシャツの背中の方が暗く、床へ色が広がっている。顔は椅子の下へ半分入っていた。
 机の脚のそばに包丁が落ちていた。黒い柄がこちらを向いている。

「そこ、踏まないで」

 西崎さんは携帯へ、刃物が床にあり、触っていない、と答えた。私も避けてしゃがむ。

「先生」

 返事はなかった。肩へ触ると冷たかった。
 電話が床へ置かれた。人の声が大きく出る。

「来ました。手伝ってくれる人」

 西崎さんが答えた。私は自分の携帯をしまった。
 声に言われた通り呼吸を見る。服も背中も動かない。分からないです、と言うと、また指示が来た。
 身体を仰向けにする。西崎さんが肩を戻し、私は背中へ手をかけた。引かれた椅子が脇へ当たり、彼がどけた。
 机の端へ手をつきかけると、線が腕へ触れた。何にもつながっていない先が、垂れている。私は手を戻した。
 先生の胸へ手を重ねる。押すと、思ったより硬かった。

「できてるか、分からないです」

 電話の声は続けるように言った。先生の顔を見ずに押した。
 西崎さんが外へ人を呼びに出た。航が入り、私の横へ来る。

「交代できる?」
「うん」

 同じ場所へ手を重ねた。私は代わってもらったことを伝えた。
 律の声が外でした。救急車へここを知らせるよう、西崎さんが頼んでいた。
 机の角には、昨日渡した原票があった。名前のある所が上を向いている。床にも落ちた紙があり、どれが澪さんの分か、見分けなかった。
 航の息の音が近くなり、私は胸へ目を戻した。数えようとして数字が飛んだ。

 救急の人が来ると棚の前へ下がった。
 西崎さんへ携帯を返す。自分の方には、彼へかけた履歴が残っていた。
 警察の人も来た。名前を答え、こちらへ来たのは今、西崎さんに呼ばれて、と話した。

「昨日、先生と話したんです。電話で」

 十六時十八分を見せると、あとで伺います、と言われた。
 あとでになる前に何か言わなければと思って、昨日の机の角を見た。
 録音機のあった所が空いている。スピーカーの細い線だけ残っていた。

「航さん。録音機」

 航が鞄へ手を載せた。

「俺が持ってる」

 警察の人がそちらへ向いた。航はすぐには開けなかった。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所読書中
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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