雨を閉じこめる

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CHAPTER 16 / 24

第十六章 誰と食べた

月曜、大学の職員から、分室の仕事を今週は止めると来た。
 最後に荷物を運ぶ日は、まだ決められない。頼まれた原票を返す仕事も、職員へ移すという。
「三輪さんへ作る音は、続けていいですか」
 私たちが家で作る物で、大学へ残す分とは別だと話した。先に本人へ確認してください、と答えられた。
 今週の給料の欄が空く。勤怠の紙を持って署へ行く時、自分の手帳も出した。先生の声を聞いた日と、航の胸の前を見た日へ、違う印があった。
 瀬川さんへ、今日から分室には行かないことを伝えた。土曜の店から分室へ戻る道を訊かれ、店の窓と、車が角へ出た所を描いた。箱のベルトの色は思い出せた。田辺さんが窓を見た所も。運転席へ乗る人の顔は、描かなかった。

 署を出ると、昼のパン屋の前に久住くんがいた。
 今日のアルバイトまで時間があると言う。新しい道具はまだ買っていなかった。

「お金、今月、ちょっと」

 私は謝ろうとしてやめた。
 久住くんが先に店へ入った。私は入り口にある時刻の貼り紙を見た。土曜も開いていた。
 パンを選んでいると、店の人が私を見た。

「大学の方?」
「はい」
「さっき、話して来たんです。土曜の二人。あの若い人たち、あの後だったのね」

 私は袋を取る手を止めた。
 店の人は久住くんを見て、そちらとは違う人、と言った。背の高い方の後に来た人が、上着を腕へ掛けていたという。私は西崎さんだと思った。

「二人で、来たんですか」
「先に一人。背の高い人。後からね。袋、買う前に、もう持ってた。これも持って帰るんだった、って」

 私は律の写真袋を思い浮かべた。

「先の人が選んでる間に、後の人が来たんです。甘いの、あと二つしかなくて。一つずつ袋に入れたら、一緒でいいって」
「食べたんですか」
「外で。あの端。雨、上がってたから」

 奥の窓へ小さい紙袋が重なっていた。私のパンを包む人の手が動いた。

「会計は後から来た人が。先の人が、ここで食べるって、外を指したんですよ。戻るって言ってたから、差入れかと思ったら」

 袋を渡された。私は代金を出すのが遅くなった。

 店を出ると、西崎さんから文が来ていた。

〈昨日の、名前を入れる所。手を巻いてくれた方も、続けて書きたい〉

 私は店の横へ寄り、電話した。久住くんは少し先でパンを食べていた。

「航さん、自分で書くって言ってましたよね」
「俺の手の所は、俺からじゃないと。灯が見て、電話に答えてくれた所から続ければ」
「私が見たのは、倒れた後です」
「うん。そこまで、繋がるように」

 パン屋で渡された袋が、電話を持つ手へ擦れた。

「一緒に食べた所も、書くんですか」
「そこ、聞いた?」
「店の人が」
「俺も、謝ったよ。聞いてたか、分からないけど。頬、反対へ向けて、自分の袋、間へ置いた。パン、もう一個、あるって言ったら、自分で取った」
「本の返事は、したんですか」
「二つの日に跨ぐ所、何でここだけ線が戻るのかって。図、貸した本に載ってるだろって言った。俺の方も、まだ読んでないのに」
「それを訊きに戻ったんですよね」
「先に集荷、出さないと。本も返せないからって。手伝えるって」

 久住くんが袋へ手を入れ、食べ終えた紙を押し込んだ。

「航さん、帰る服は」
「俺の手で、白い方、汚した。帰るなら着ていけって。自分の服は洗って返せるから」
「着て来た方は、箱に?」
「そう。服もある方。袋に分けて」

 私は窓から見た茶色の箱を思い出した。

「手を巻いてくれた所は、瀬川さんへ話します」
「そこ、残して。殴った後だったから」

 切ると、久住くんが私へ手を出した。

「それ、持ちます。電話、まだあるなら」

 パンの袋だった。私は渡しかけ、首を振った。

「もう終わった。ごめん」
「僕、次の授業出てから、早番なので」
「棚、戻すのは、いつなら」
「板を持ってくれる人が決まってからにしてください。行って待つの、今週は困るので」

 私は手帳を出しかけた。大学から、最後に荷物を運ぶ日も決まっていないと来たばかりだった。

「決まったら、先に訊くね」
「はい」

 久住くんは肩の鞄を上げ直した。返ったのは鞄だけだという。長い釘抜きは調べるために残された。

「短い方を買おうと思って。授業へ持ってくるので」
「西崎さんに、頼めば」
「いいです。自分で買います。あれが返っても、使いたくないので」

 大学の方へ歩き出した。私も途中まで同じ道だったので、追いついた。

 袋の中で、パンがまだ少し温かかった。
 前を通る人が来て、久住くんは壁へ寄った。私も袋を持ち替えた。

 並んで歩き出すと、久住くんが先になった。駅の方へ曲がる角で、彼は振り返った。私は向こうのホームへ上がると話した。
「じゃ、また」
「うん」
 久住くんの手が上がった。私も袋を持つ手を上げた。
 ホームへ上がり、瀬川さんへ、パン屋の人から聞いたことを伝えた。店の人へはもう訊き、集荷の時に運転手が見たことも確かめたという。
 その日の夕方、航の携帯の音を聴くことになった。手を切った時の救急相談は、航が電話していた。航を見つけて救急へかけたのは田辺さんだった。西崎さんは戻ってから、その携帯を受け取っていた。
 私はもう一度署へ行った。久住くんは授業とアルバイトへ行く。

 航の携帯から取り出した音を聴いた。本人の画面を触らず、瀬川さんの机の機器で再生した。保存されていた二つのファイルだった。私は、途中で電話すると、メモは先に止める、と航が言った所を思い出した。
 先の方で、先生の声を流したのは自分だ、と言った。戸と台車の音がする。
『ベルト、これでいいですか』
 西崎さんがもう少し下、と返す。次の部分では、二人とも近くにいた。
『そっち、押さえて』
『俺、こっち持つから、手、出さないでください』
 何かが擦れ、西崎さんの声が短く上がった。
『痛い。ちょっと、待って』
 戸の所、と言い、布が動く。
『電話、します』
『しなくていい。これ、押さえれば』
『手、出してください。自分で押さえて』
 ここで先の録音は終わった。
 次のファイルまでに、航から救急相談の番号へかけた履歴があると瀬川さんが言った。7119だった。西崎さんが手を切り、航が受診する所を訊いた話も、別に確かめているという。
 通話の声はここにはなかった。左の袖を切り、布を巻いた所は、西崎さん自身が話していた。
 次のファイルは、航の、自分で続ける、という声から始まった。
『茶色の箱は、棚から出しました。要さんの手は、布で押さえています』
 航が、台車へ載せた、と言った。西崎さんが、もうそれはいいから、と返す。
『さっき殴られました。手、巻いたからって、それ、なくしたことにしないでください』
 紙を動かす音がした。
『本、ここ置きます。折った所、まだ分からないので。後で返事ください』
『置いてくの』
『今日は帰ります。鍵は』
 西崎さんが机、と答えた。
『道具、ここでいいですか』
『久住の鞄。釘、紙で包んで。自分で持つ方、上へ』
 紙が擦れ、硬い音が小さく鳴った。
『来週、向こうへ行くの、俺は行けません』
 西崎さんが、再来週、と返した。
『それもです』
『本、そこまで見たんなら、もう一回』
『読む方、まだやめるって言ってません。泊まる方は行けません。姉ちゃんに渡すの、俺、自分でやります』
『お前の方、灯に頼むって言っただろ』
『頼んだ。俺が先生の声を流した所は、自分で書きました。これから姉ちゃんに電話します。それを要さんから説明しないでください』
 私は机の音を聴いていた。航の声がそれより近かった。
『先生が見たって所も、自分で話します。要さんが聞き取りに行く相手、電話、分かりますか』
『今かけるのはやめて。順番があるから』
『要さんの電話では、俺が行く方は断れないじゃないですか。自分でかけます』
『こっち、見て。二人って、向こうへも』
 西崎さんの声はそこで遠くなった。航が、いったん止めます、と言った。
『今、そっち、見ないでください。俺の電話です』
 そこで録音は終わった。
 私は椅子へ座り直した。布を巻いた後に、来ない、と答えていた。二人で出した箱は、向こうへ行く返事とは別の物だった。
「その相手へ、電話は」
「繋がった通話はありませんでした。何のためにかけるという話だったか、先方にも確認しています」
 集荷の人へ箱を渡したのは西崎さんだった。私は店の窓で、左を布へ包んだ彼の手を見た。
「その時、田辺さんは店でした」
「伺っています。六時のメールが来た後に出た所も」
 私は航の携帯を見た。澪さんが六時にかけても、出なかった方だった。
 私は手帳を閉じた。先生へ何をしたか話すため、航は自分の声を残していた。その後、自分で電話するところを、録ろうとはしていなかった。
 署を出る前に、西崎さんから原稿の写真が届いた。先生の所見を除いた方だという。
 それを大学へ回してほしい、と続いた。職員から灯の意見も欲しいと言われた、とある。
 私は職員へ直接かけた。頼んだのは別の所の確認だったという。西崎さんの原稿は、自分が読むために受け取り、大学へ送ることはしなかった。
 駅へ着くまで、パンは食べなかった。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた読書中
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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