雨を閉じこめる

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CHAPTER 17 / 24

第十七章 家で聴く

三輪さんには火曜の午前に伺うことになった。
 電話では車の音が長かったと言われ、私はどの分かを訊いた。金曜に返した、家で聴く方だった。
 沙帆へ連絡すると、三輪さんが切る所を決めてからと言う。できる日は連絡してくれることになった。

 月曜の夜、部屋へ戻り、冷凍庫のご飯を一つ出した。
 牛乳を流しへ置くと澪さんから電話が来た。紙を届けたこと、両親が途中から電話したことを話した。

『大学にも、出す前に見せてって言った。灯さんが書く方も』
「まだ、頼まれていません」
『そっか。ごめん』

 私は卵を取り出した。皿へ割ると黄身が崩れ、殻を捜すふりをした。

「何から書けばいいか、今、分からないです」

 返事を待つ間、向こうでハンガーのような音がした。

『航の文は、あのまま出さないでね。私が映像のせいで学校やめたって、そこも』
「違うんですか」
『違わなくはないよ。作ったのも嫌だったし、先生に会うのも。でも、それだけになると私、何もしてないみたいじゃん』

 声が速くなった。

『授業、休んでた。仕事も掛け持ちだったし。来年なら戻れるって訊かれると、そういう返事、私もしたんだよ』

 水曜、戻らないと彼女は言った。その前には戻ると言った日があった。航はそちらを覚えていたのかもしれない。

『別に書かなくていい。私が下手に言った所まで、なかったみたいにしなければ』
「はい」
『あいつ、謝りに来るんだよ。私が先生に怒った話すると、じゃ俺から、って。私は、あんたに何かされたって言ってないんだけど』

 笑いかけた声が止まった。
 私は卵の黄身を箸で寄せかけ、やめた。

「澪さん、ご飯、食べました?」

 少しして、食べたよ、と返る。

『魚じゃないけど』

 顔が熱くなった。

『ごめん。灯さんにも訊こうと思ってた。おにぎりだけだったから』
「今、食べます」
『じゃ、切るね』

 食べる間、携帯は机に置いたままだった。

 火曜の三輪さんは、前より薄い上着で門に立っていた。
 暑いから先に入ってと言われ、私は鞄を抱えて玄関へ行く。机にCDとカセットがあった。写真は棚の方だった。

「八枚、揃ってました?」
「ええ。お姉ちゃんのも」

 笑っていた。私は封筒を出してもらわなかった。
 ケースに数字が書き足されている。別の紙にも、車、帰ってきた、雨、と数字が並んでいた。

「止めてから書くと、どこだったか分からなくなるのよ」

 機械の前へ座り、一番上へ合わせてもらう。
 車が通った。誰かが鼻をすする。間を置いて、三輪さんが道を尋ねた。

「着くかと思うと、まだなの。ここ、家で聴く方だけ短くして」

 私は範囲へ印をつけた。彼女は戻してと頼み、もう一度車の音が出る。

「私、何か言ってるね」
「残しますか」
「残して。車だけの所。こんな短い声まで取ったら、何でそこへ行ったか分からないわ」

 先につけた印へ線を引いた。三輪さんは、あとで読める、と訊く。読めますと答えた。
 次の数字は雨だった。音の中の男の人の言葉が重なり、最後まで聞き取れない。

「今の、何て」
「分からないです」
「私も。ずっと聴いたら分かるかと思ったけど」

 三輪さんが機械を止めた。

「その後、私が怒るのよ。そこは取らないでね」

 私は頷いた。まだ聴いていない所だった。
 机の時計は、十一時を過ぎていた。

「今日は車の所まで、ですね」
「ええ。午後に姪が来るの。次は一緒に聴けるかしら」

 CDを渡され、カセットはここへ置くと言われた。私は来週までに連絡すると答えた。
 椅子の脇の袋から、小さい容器が二つ出てきた。

「お姉ちゃんが昨日置いていった。私が作るって言ったのに」
「大根ですか」
「そう。一本の方が安かったって。食べられないぐらい買って、こっちへ来るの」

 私は笑った。三輪さんも笑い、容器を袋へ戻す。

「あと、音を持ってくるって。土曜に言ってた。先生に返してって頼んだ所、私も聴いておいてって」

 私はCDの袋を持ったまま止まった。

「それ、大学でも預かりました。去年と、二年前の方を、航さんが探して」
「昔のを探したって言ってたのよ」
「木曜の後の録音に入っていた先生の声も、去年のものでした」

 三輪さんはテレビの引き出しを見た。カセットを出す所とは別の、小さい引き出しだった。

「持ってきてない。昨日も、忘れたって」

 携帯を出した。私が何を言えばいいか考える前に、姉の名を押した。

「お姉ちゃん。土曜に言ってた音、今日持ってこられる?」

 私は数字の紙をしまった。

「今日は姪が来るけど、夜なら。……そう。大学に置いてるのね。じゃ、お姉ちゃんから話して」

 少し間が空いた。

「私、聴きたいの。返してって頼んだところだけじゃなくて、その前も」

 電話は終わらなかった。三輪さんは玄関の方へ歩き、私にも靴を履くよう目で知らせた。

「先生が言ったこと、お姉ちゃんが嫌だったこと、私の分もあるでしょう」

 私は鞄を抱えた。彼女が焼き菓子の袋を渡し、頷いた。門へ出るまで姉への電話は続いていた。
 大学から連絡が来た。自分の受領の紙を直すため、写しを送ってほしいと頼んだ。
 私は田辺さんへ、返却済みの箱を去年引き取った時、先生から何を言われたのか訊いた。三輪さんの話をもう待っているだけではいられなかった。去年の先生の声を当日の返事として使ったのは航だった。田辺さんが箱の赤い字を消さずに戻したのは、それより前だった。
 返事は少し寄れないか、だった。秋の案内を見てほしい。妹の所にいたなら、ついでに。
 私は文を二度読んだ。三輪さんが何と言ったかは、向こうでも聞こえていた。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く読書中
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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