雨を閉じこめる

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CHAPTER 21 / 24

第二十一章 行かない返事

金曜の朝、澪さんへ電話した。六時に届いた文を開いていた。夕方、分室で見た文章と同じだったか訊いた。
「同じ。帰る前にもう一回直すって、言ってたから。次があると思ってた」
「送る方は、先にやっておくって」
「うん。あとで触ったら、帰るの遅くなるからって」
 日と時刻を選ぶ画面を、航は四時過ぎ、分室で開いた。六時に律と帰る方、澪さんへ説明が届く方を、一緒に終わらせるつもりだった。
 私は最後の行を読んだ。説明になっていない所があると、航自身が書いていた。受け取った時、まだそれを書き直している人がいると思っていた。
「帰れなかったんだね」
 澪さんが言った。私は返事をしなかった。
「直すって言ったのに。そのまま来た」

 瀬川さんへ連絡し、律から聞いたことを伝えた。今日どこへ行くか訊かれ、西崎さんの研究を職員のいる部屋で見ると答えた。
「終わったら、連絡をください」
 手帳を閉じ、鞄へしまった。

 午後、律と別れてから、大学へ向かった。甘い飲み物の後に、まだ少し喉が渇いていた。

 職員がいる部屋だった。窓へ向いた机に西崎さんの原稿があり、横へ路線の画面を開いた携帯が置いてあった。
「持ってきてくれたんだ」
 左の手に、小さい絆創膏が残っていた。
「ここの図、二つの日に跨いでる所、泊まったんですか」
「そこは終電がなくなったから。こっちは別。先方が夕方しか空かなくて」
 頁を戻し、私が違う方へ引いた線を指でたどる。
「この町、二度」
「三度。いちばん下、断られた時。駅まで行って戻った」
「そこも、入れるんですね」
「行けた所だけにしたら、すぐ次へ行けたことになるだろ」
 新しい図が来た。会えなかった日に線があり、その後へ細い矢印が出る。
「こっちだと、分かります」
 西崎さんは携帯を取った。
「そういうの、向こうでも訊けると思う。前とどう違うか、会えた人だけじゃなくて」
「私が行く方は、しません」
 彼は一度、画面を見た。人数を選ぶ欄を開く。
「じゃ、一人にする。日だけ合わせてくれれば、後で別の人を探せるから」
 指が出て、一人を選んだ。数字が二から一へ変わる。
「航さんにも、そうできたんですか」
「断られたよ。お前も聞いたろ」
「箱の後に、自分で断るって」
「終わったから。それだけ終わったら、帰るって」
 西崎さんが頁を戻した。
「手、巻いてくれたんだよ。殴った後なのに。あいつ、自分から」
「はい」
「一緒に戻ったんだよ、一回帰ってから」
 その二つは、なくならなかった。
「白い服は、箱を渡す前に胸を貫かれてます。手の血をつけただけではないです」
 彼の指が止まった。
「田辺さんは、その二箱が車へ載る時、澪さんの所にいました。私と三輪さんと。後から来て、鋏を鞄へ入れ、救急へかけた。でも、あの服は、もうなかった」
「俺も大学に。久住が会ってるだろ」
「六時の文は、分室で先に書いてました。その前に、何をしたんですか。二人で箱を出し、手を巻いた後に」
 西崎さんの左の手が机へ出た。
「服、貸したんだよ。白いの、洗って返すって」
「着て帰れる方へ、戻したんですね」
「帰るなら、着ていけって。あいつ、自分で着られるから」
 彼は襟元へ手を出した。いま着ているのは、別の服だった。
「俺の服、着てたろ。持って帰っていいって言った方。返すって、あの時は言わなかった」
 私は紺の襟を思い出した。胸の前が開いていた。電話の声へ返事をしている間、航の顔へ、何度も戻った。
「袖を切った鋏を、机へ置いた。その後、自分で断るって言った」
「電話、見ないでって。俺が先に説明するから、待てって。自分のことだけ、勝手にあっちへ」
 彼の手が私の鞄へ出た。職員がその手を見ていた。
 西崎さんは手を机へ戻した。
「番号まで、出したのかって」
「自分でかける方を、止めたんですね」
「先方へ二人って伝えたのは、あなたでした。航さん本人には、まだ訊いてなかった人へ」
「返事を待ってたら、また取れないだろ。二人で行くって、一度言ったんだよ」
 彼の右の手が原稿の角を押す。図が机へ平らになった。
「俺の服を着てたんだよ。お前が来た時も」
「見ました」
「俺が、持って帰れって言ったんだよ」
 指が原稿の角から離れた。
「航が、こっちに何かしてくれた所まで、お前の文ではなくなるの」
「手を巻いてくれたことは、話します」
 彼は私を見た。
「そうだよ。そこは、書けるだろ」
 原稿を押さえていた手が、私の前へ出た。
「宮原。図の直した方、そっちは見て」
 別の頁が来た。二年はなかったことにならない。ここで返事をすれば、誰にどう持って行くかを、また訊かれる。
「今日は、持って帰りません」
 図を机へ戻した。
 職員が私を呼ぶと、西崎さんは、まだ向こうの人は待ってるんだよ、と言った。
 私は携帯を鞄から出さず、立った。

 廊下の別の机へ座った。職員が水を持ってきてくれた。
 瀬川さんへ電話した。西崎さんの言ったことを、聞いた順に話した。
「袖を切ってくれた人へ、あの鋏を使ったんだと思います。服を着せて、白い方を自分の箱へ。それから大学へ行った」
 そこで声が止まった。白い服に穴ができた瞬間を、私は見ていない。傷ができた瞬間にもう話せなかった、と決めたわけでもない。
 私が考えたのは、田辺さんが後から初めて刺した説明に、先に出た服の場所がないことだった。先生の声を流した航が、今度は自分の声で断る方へ動こうとしていた。そこへ使える鋏が、手当てをした机にあった。

 三輪さんからも来ていた。短くしてくれた分、こっちで聴く時間も掛かるのよ、とある。私は一度笑い、作り直す日を決めて送った。

 翌週、田辺さんと西崎さんが、それぞれの殺害の件で逮捕された。
 田辺さんは先生へ電話を置いてほしかったと話したという。木曜の案内は、二枚を重ねた時に刃が通った。会場の控えは台所の缶へ残り、彼女が払った分は先生が殺されても返らなかった。
 田辺さんが土曜に鋏を鞄へ入れたことも、救急へ電話したことも、残った。胸を貫かれた白い服は、彼女が来る前に運び出されていた。
 西崎さんが電話を代わったのは、服を箱へ入れ、大学から戻った後だった。私へ手を代われると言ったことも、記録に残った。
 母へ、航が先生を殺していなかったとだけなら、少しほっとすると思った。それだけを送りかけ、送らずにかけた。
 小鉢を食べた所から話した。母は、今はどこ、と先に訊いた。
 家、と答えた。まだ靴を履いたままだった。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事読書中
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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