翌日の昼、署で携帯を返してもらった。焼き菓子の袋も戻った。ひとつ減っていた。数えた自分が嫌だった。
その後、瀬川さんへ服のことを訊かれた。透明な袋の中で、白いシャツが広げられていた。襟の方を見て、律の写真で見た物だと答えた。写真は本人から受け取っているという。
胸の所に穴があった。周りの赤い所は、袖を汚しただけには見えなかった。
「西崎さんが、手の血で汚したので洗うと」
「その説明も聞いています」
私は手を袋へ出さなかった。見たのは、土曜に紺のシャツを着ていた航だった。白い服がどこへ行ったかは、西崎さんの説明で知った。
「荷物は、家まで行ったんですか」
「二箱とも、確認しています。服は上の箱の袋です」
店の窓から二箱を見た時、田辺さんは同じ席にいた。文が来て、服がその後にどこかへ行ったのではなかった。
私は手帳へ、箱が先、と書いた。その下に六時の便りと、田辺さんの訪問を足す。帰ってから本文をもう一度読む、と話した。
午後、搬出の下見に入る職員へ頼み、私も分室へ行った。長い釘抜きは久住くんへ返す準備に入っていた。板を取るのに使った物だった。
職員が机の手帳を引く。頭のそばへ広がった航の紙は、もうなかった。私は空いた所へ、自分の鞄を置いた。
棚の板を戻す時には久住くんにも来てもらうという。私は、今日のアルバイトで、まだここへ来られない、と答えた。彼には大学の道具を返す方とは別に、自分の用事がある。
部屋へ戻ると、戸に母からの不在票があった。再配達の時刻を選び、冷凍庫のご飯を二つ出した。
西崎さんの電話が来た。
「宮原。久住の道具、返った?」
「鞄だけ返ったって。道具は、まだです」
「あいつ、また使えるかって。俺から言ったら、出ないんだよ。道具は悪くないから」
霜の残る器を机へ置いた。
「直接、言ってください」
「出ないんだよ。電話」
私も出ない方へしていた。不在着信を一つ、また一つと増やした。
「大学の説明、今週、聞き取りだけで終わるかって、職員へ訊いて」
「何のためですか」
「向こうへ行く方。大学の聞き取りと、同じ日にされたら間に合わない」
「申請の方も、続けるんですか」
「代わる人をお願いする。原稿も見てもらう。先に、向こうへは一人で行ける日に変えたい」
私は器をレンジへ戻した。扉へ肘が当たった。
「灯。そこまで一緒に止められるの、違うだろ」
呼び方が変わった。
「私に、決められません」
「決めるんじゃなくて、訊いて。まだ向こうから返事が来ないんだよ」
「私、今日は、自分の携帯を返してもらったばかりです」
電子レンジの灯りが消えた。
西崎さんは田辺さんの家でどうした、と訊いた。まだ話せないと答えると、でも自分の方は誰へ訊けばいい、と返した。
「職員の方へ」
「さっき言っただろ、返事が来ないって」
私は椅子へ座った。
向こうでも、何かを置く音がした。
「航が、俺の手、押さえてくれたんだよ。殴ったのに。人が倒れて、見つけただけの所ばかりになると、あいつまで違う人になる」
「それは、訊かれたら話します。最初の電話も」
「代わろうとはしただろ」
「はい」
「そこまで消さないで」
私は自分の手を見る。胸を押した時、交代しようとしてくれた手は布に包まれていた。
「書きます。代わろうとした所」
「その前も」
返事をしなかった。航が布を巻く時、自分を殴った人のためだけにいたのか分からない。帰って、六時までに終わらせようと言われていた。
「宮原、来られる?」
私は膝へ手を置いたまま返事をしなかった。
「町へ行く方。聞き取りの記録だけなら、お前もやってる。会えなかった所へ行って、話を聞くだけ。今のままじゃ、人を増やす方も始められない」
「私、行きません」
「まだ日を言ってないだろ」
「日にちを選ぶ方も、しません」
私は職員の連絡先だけを送った。西崎さんは、向こうへは二人と話してあったんだよ、と言った。
「航さんが来る、って」
「一度、来るって言ったから」
そのまま待ち、私の返事がないので、向こうから切れた。
その後、研究の原稿が届いた。大学へ出す説明とは別のファイルだった。
最初の頁には、聞き取りに行った町と、日を跨いだ移動の図がある。三輪さんの声も私の字幕もなかった。
下まで読んだが、行くと決めた日に誰が待っていたかは図だけでは分からなかった。
質問を一つ打ち、送らずに置いた。いま尋ねたら、もう一度、継続の話へ戻りそうだった。
ご飯へ卵を落とした。熱だけでは固まらず、器ごとレンジへ戻した。
くらげから、今日は家の用事と来た。了解と返し、バイトの先輩が亡くなったと打つ。
送ってから、何をしてほしいか分からなくなった。
〈今、一人?〉
一人と答えた。よくしてもらったけれど、裏で私を軽く扱うようなことも言っていた、と続ける。
嫌な先輩だな、と来て腹が立った。
〈それだけじゃない〉
〈それしか聞いてないから〉
器を出した。縁が熱かった。
四人でゲームへ行った話を打つ。誰が負け、誰が手を抜き、もう一回と硬貨を出したか。あの人が来ると、誰と話していいか分からず立っている人がいなくなった。
長いので半分消した。また書いた。
それも嘘だったのか、と打った所は送らなかった。
〈いい人だったって言ってほしいわけでもない〉
返事はしばらく来なかった。卵の端だけが硬くなり、箸で押すと丸く外れた。
食べ終わると、返事うまくできない、明日なら話せる、と届いた。
ありがとうと返し、器を洗った。
律から、私物を受け取る時は写真も持ち帰ると来た。
大学からまだ日を教えてもらっていない、と答えた。
航の声、消した、と打ちかけて止まる。消してほしいか、消さないでほしいか、どちらも自分へ訊けなかった。
明日の午後なら関内へ行ける、と律からもう一つ届く。
受取の日の話だと思って、まだ決まらないと返そうとした。
〈灯、会うのは嫌?〉
会いたい、と送った。
それだけで携帯を置きかけ、店を律が決めるのを待たずに自分で一つ調べた。いつもとは別の所を送る。
再配達の時刻にはまだ間があった。二つ目のご飯を冷蔵の方へ移した。
翌朝、大学の職員から、西崎さんが原稿の話もしたいと言っている、と来た。私は夕方なら行けると答えた。瀬川さんへも知らせた。訊きたいのは研究だけではなかった。