雨を閉じこめる

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CHAPTER 19 / 24

第十九章 まだいる

翌日の昼、署で携帯を返してもらった。焼き菓子の袋も戻った。ひとつ減っていた。数えた自分が嫌だった。
 その後、瀬川さんへ服のことを訊かれた。透明な袋の中で、白いシャツが広げられていた。襟の方を見て、律の写真で見た物だと答えた。写真は本人から受け取っているという。
 胸の所に穴があった。周りの赤い所は、袖を汚しただけには見えなかった。
「西崎さんが、手の血で汚したので洗うと」
「その説明も聞いています」
 私は手を袋へ出さなかった。見たのは、土曜に紺のシャツを着ていた航だった。白い服がどこへ行ったかは、西崎さんの説明で知った。
「荷物は、家まで行ったんですか」
「二箱とも、確認しています。服は上の箱の袋です」
 店の窓から二箱を見た時、田辺さんは同じ席にいた。文が来て、服がその後にどこかへ行ったのではなかった。
 私は手帳へ、箱が先、と書いた。その下に六時の便りと、田辺さんの訪問を足す。帰ってから本文をもう一度読む、と話した。

 午後、搬出の下見に入る職員へ頼み、私も分室へ行った。長い釘抜きは久住くんへ返す準備に入っていた。板を取るのに使った物だった。
 職員が机の手帳を引く。頭のそばへ広がった航の紙は、もうなかった。私は空いた所へ、自分の鞄を置いた。
 棚の板を戻す時には久住くんにも来てもらうという。私は、今日のアルバイトで、まだここへ来られない、と答えた。彼には大学の道具を返す方とは別に、自分の用事がある。

 部屋へ戻ると、戸に母からの不在票があった。再配達の時刻を選び、冷凍庫のご飯を二つ出した。
 西崎さんの電話が来た。
「宮原。久住の道具、返った?」
「鞄だけ返ったって。道具は、まだです」
「あいつ、また使えるかって。俺から言ったら、出ないんだよ。道具は悪くないから」
 霜の残る器を机へ置いた。
「直接、言ってください」
「出ないんだよ。電話」
 私も出ない方へしていた。不在着信を一つ、また一つと増やした。
「大学の説明、今週、聞き取りだけで終わるかって、職員へ訊いて」
「何のためですか」
「向こうへ行く方。大学の聞き取りと、同じ日にされたら間に合わない」
「申請の方も、続けるんですか」
「代わる人をお願いする。原稿も見てもらう。先に、向こうへは一人で行ける日に変えたい」
 私は器をレンジへ戻した。扉へ肘が当たった。
「灯。そこまで一緒に止められるの、違うだろ」
 呼び方が変わった。
「私に、決められません」
「決めるんじゃなくて、訊いて。まだ向こうから返事が来ないんだよ」
「私、今日は、自分の携帯を返してもらったばかりです」
 電子レンジの灯りが消えた。
 西崎さんは田辺さんの家でどうした、と訊いた。まだ話せないと答えると、でも自分の方は誰へ訊けばいい、と返した。
「職員の方へ」
「さっき言っただろ、返事が来ないって」
 私は椅子へ座った。
 向こうでも、何かを置く音がした。
「航が、俺の手、押さえてくれたんだよ。殴ったのに。人が倒れて、見つけただけの所ばかりになると、あいつまで違う人になる」
「それは、訊かれたら話します。最初の電話も」
「代わろうとはしただろ」
「はい」
「そこまで消さないで」
 私は自分の手を見る。胸を押した時、交代しようとしてくれた手は布に包まれていた。
「書きます。代わろうとした所」
「その前も」
 返事をしなかった。航が布を巻く時、自分を殴った人のためだけにいたのか分からない。帰って、六時までに終わらせようと言われていた。
「宮原、来られる?」
 私は膝へ手を置いたまま返事をしなかった。
「町へ行く方。聞き取りの記録だけなら、お前もやってる。会えなかった所へ行って、話を聞くだけ。今のままじゃ、人を増やす方も始められない」
「私、行きません」
「まだ日を言ってないだろ」
「日にちを選ぶ方も、しません」
 私は職員の連絡先だけを送った。西崎さんは、向こうへは二人と話してあったんだよ、と言った。
「航さんが来る、って」
「一度、来るって言ったから」
 そのまま待ち、私の返事がないので、向こうから切れた。
 その後、研究の原稿が届いた。大学へ出す説明とは別のファイルだった。
 最初の頁には、聞き取りに行った町と、日を跨いだ移動の図がある。三輪さんの声も私の字幕もなかった。
 下まで読んだが、行くと決めた日に誰が待っていたかは図だけでは分からなかった。
 質問を一つ打ち、送らずに置いた。いま尋ねたら、もう一度、継続の話へ戻りそうだった。

 ご飯へ卵を落とした。熱だけでは固まらず、器ごとレンジへ戻した。
 くらげから、今日は家の用事と来た。了解と返し、バイトの先輩が亡くなったと打つ。
 送ってから、何をしてほしいか分からなくなった。

〈今、一人?〉

 一人と答えた。よくしてもらったけれど、裏で私を軽く扱うようなことも言っていた、と続ける。
 嫌な先輩だな、と来て腹が立った。

〈それだけじゃない〉
〈それしか聞いてないから〉

 器を出した。縁が熱かった。
 四人でゲームへ行った話を打つ。誰が負け、誰が手を抜き、もう一回と硬貨を出したか。あの人が来ると、誰と話していいか分からず立っている人がいなくなった。
 長いので半分消した。また書いた。
 それも嘘だったのか、と打った所は送らなかった。

〈いい人だったって言ってほしいわけでもない〉

 返事はしばらく来なかった。卵の端だけが硬くなり、箸で押すと丸く外れた。
 食べ終わると、返事うまくできない、明日なら話せる、と届いた。
 ありがとうと返し、器を洗った。

 律から、私物を受け取る時は写真も持ち帰ると来た。
 大学からまだ日を教えてもらっていない、と答えた。
 航の声、消した、と打ちかけて止まる。消してほしいか、消さないでほしいか、どちらも自分へ訊けなかった。
 明日の午後なら関内へ行ける、と律からもう一つ届く。
 受取の日の話だと思って、まだ決まらないと返そうとした。

〈灯、会うのは嫌?〉

 会いたい、と送った。
 それだけで携帯を置きかけ、店を律が決めるのを待たずに自分で一つ調べた。いつもとは別の所を送る。
 再配達の時刻にはまだ間があった。二つ目のご飯を冷蔵の方へ移した。
 翌朝、大学の職員から、西崎さんが原稿の話もしたいと言っている、と来た。私は夕方なら行けると答えた。瀬川さんへも知らせた。訊きたいのは研究だけではなかった。

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目次

雨を閉じこめる

  1. 01返却済み
  2. 02片方ずつ
  3. 03百円玉
  4. 04おかわり
  5. 05雨の間
  6. 06声の置き場所
  7. 07返す人
  8. 08帰らない夜
  9. 09名前を書くところ
  10. 10六時まで
  11. 11先に行って
  12. 12持ってくる方
  13. 13戻った部屋
  14. 14抜粋
  15. 15渡した写真
  16. 16誰と食べた
  17. 17家で聴く
  18. 18煮える間
  19. 19まだいる読書中
  20. 20もう一杯
  21. 21行かない返事
  22. 22持って帰る
  23. 23白い画面
  24. 24雨漏り

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