山を下りるにはまだ早い

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CHAPTER 20 / 21

第二十章 おかわり

千佳さんは改札の外にいた。
「宏和君は?」
「図書館です。亮は授業の後、寝るって。夜、三人で食べます」
「そう。これ、あなたの分。もう渡してたと思って、探したの」
 小さい袋に訂正の記事が入っていた。十二年前の記事の見出しと日付、最後に編集部の名前があった。
「ちょっと座っていい? さっき、ずっと背中が椅子に当たらなくて」
 改札脇のベンチへ座った。
「今の仕事は削ってもらった。載る前に見たら、まだ書いてあるんだもの。要らないって返したら、向こうも要らないって。じゃあ何で入れたのって、書いちゃった」
「いいと思います」
「少しきつかったかな。電話だったら言わなかったかも」
 彼女は来た文を読んだ。山口さんが先に買っているという。
「今から行くところ。何も買わなくていいって。私、今日は買って帰るつもりだったのに」
「御飯ですか」
「うん」
 僕は記事を最後まで読んだ。
「山口さんにも、これを?」
「椎茸から訊かれて。あの頃どうだったのって、一から話してたら休憩終わるから、読んでもらった。今のところ山口さんだけ。コピーはまだ家にあるよ」
「水原さんの名前は」
「付けないって来た。私も原稿は読んだ。あの人の名前でいいですかって訊かれたけど、どっちでも直すって書いてあるから、まずそっち出してって返した」
「名前はどっちでも?」
「そこまで返事してない。休憩あと二分だったの。編集部で決めたら教えてくださいって」
 千佳さんは鞄の水を飲んだ。
「拓海にも見せた。自分で書いた方も。今の私が戻りたいって言ったと思ったのって、訊いた。黙ってた」
「今の仕事は、続けるんですよね」
「うん。来週の休みも代わってもらってる。遊びには行けるといいねって言ったよ、あの頃。友達の所へ行きたかったんだもの。私も会いたい人がいたし。でも、前の所へ住むなんて、私が言ったことにして」
「私は飯も食べるし、仕事も行くよって。今の所で。拓海は分かったって言った。そこは早いの」
 僕は千佳さんがその後を話すのを待ったが、彼女は水をしまった。
「合格した時も鍋だったでしょう。何が入ってたの」
「肉は、いいのを買ったんです。宏和が払って、亮が買って。拓海は合格の紙を立ててました」
「帰って来て、何も食べられないって言ったの。家の御飯もよけてあったのに」
「俺も食べられなくて。番号、三回読んで」
「三回も?」
「拓海が見たかって言うから。汁が紙へ飛ぶって、肉、取れなくて。後ろへ菓子の缶を置いたら、ようやく食べ始めました」
「鍋の前に菓子も?」
「はい」
「みんな?」
「はい」
 千佳さんが笑った。僕も笑った。
「俺、来月、大会へ出てきます。クイズの」
「そうなんだ。忙しいね」
「今度は勝ちたいんです」
 携帯へもう一度文が来た。火を止めて待っているという。
「行かなきゃ。御飯、食べてきて」
 彼女は鞄を持ち、改札へ行った。

 店に着くと、宏和は借りた本を読んでいた。白い箱はなかった。
「中に入れない模型、作ってるのって、先生に言われた。そりゃ小さいんだから入れねえよな」
「何が駄目だったの」
「図の上でも。俺の入口だと、奥へ行くのに遠回り。分かってたけど、その方が見える所があるって言ってたんだよ」
「直すの?」
「どっちにしろ作る。今のやつは写真撮った」
 亮が来ると、宏和は本を閉じた。
「寝た?」
「寝た。でも腹減って起きた。昼、パン一つしか食ってなかった」
「もう揚げてるの?」
 僕が訊くと、亮は、昨日初めて、と言った。
「最初の、店長が食った。俺にも食わせてよって言ったんだけど」
「何て?」
「悪くない。次は二つ揚げろって。自分も食っていいから」
 彼はメニューを見て唐揚げを頼んだ。宏和は別の皿を頼み、僕も同じにした。
 カレー代を宏和へ送った。忘れてた、と二人で言った。

「腹立つ」
 亮が言った。注文した物はまだ来ていなかった。
「あいつ、ちゃんと飯食ってんのかとか、今でも考えるんだよ。出るに決まってるのに」
「俺も」
 宏和が答えた。
「腕はもう治った。なのにあいつの手は平気かって、俺から訊きそうで。言いたいことがあって下へ行ったんだぞ、俺」
「今日、いればよかったって思う?」
 僕が訊いた。
「思う。でも出す物出して、寝て、腹減って。今日、ずっと裁判所にいたら、何か言えたかな。まだ腹立ってる」
「俺、会いたい」
 僕は言った。
「会って何て言うの」
「決めてない。でも声、聞きたい。今日は、こっち向かなかった」
「俺、声は聞いた。はいって、何回も」
 亮が言った。宏和も、うん、と答えた。
 僕は拓海が、四人で一部屋なのかと二度訊いたことを思い出した。
「また四人で行けたらって、考えちゃう」
「どこへ」
「決めてない。あそこじゃない」
「俺、あそこ、また見たいけど」
 宏和が言った。
「建物?」
「うん。でも俺一人でいい。今、誰かの風呂、待たせなくていいし」
「風呂は俺も入りたいよ」
 亮が言った。誰も笑わなかった。
 料理が来た。亮が唐揚げを一つ割った。
「ほら、でかいだろ」
「これで普通?」
「多かったら俺が食う」
 僕は熱い方へ箸を入れた。

 宏和が椅子へ上着を掛けた。
「今日、持って出てきた。着てないけど」
「返ってきたんだ」
「洗って送ってくれた。届いた日は袋から出せなかった」
 車を取りに行った時にはもう家にあった。父に送ってもらって、帰りは二台に分かれるつもりだったのに、笠原さんが飯を食っていくかと訊いた。父も車から降りていたので、食堂で食べたという。
「部屋も見せてもらった。忘れ物ないかって」
「何かあった?」
「ないと思う。湯飲みが、洗って四つ、盆に載ってた」
「四つ」
 亮が言った。
「父親は戸の所で待ってた。何も訊かないから、俺も言えなかった。鍵だけ持って帰るつもりだったんだよ」
 宏和は袖を椅子の内側へ入れた。
「返してくれたって言えば、ありがとうになると思って。まだ言えてない」
 僕は拓海が上着を掛けてもらった時の膝を思い出した。掌の痛みを言うたびに、亮が布を押す所を見ていた。
「楽しかったじゃん。あいつも」
 宏和が言った。
「来年、肉買うって」
「携帯も、持ってきてくれた。俺が忘れたの」
 亮が言った。
「あいつ、何だったの」
 宏和は上着へ目を落とした。
「俺は、来年も肉、買うつもりだった」
 亮が言った。
「俺も金、出すつもりで。あいつのじゃ、足りないから」
 宏和は僕を見た。僕も、それ以上は出てこなかった。

 亮が茶碗を空け、おかわりを頼んだ。
「少なめで」
「少なめ、あるんだな」
 宏和が言うと、亮は、俺にもある、と答えた。
 戻って来た茶碗を受け取り、最後の唐揚げを取った。

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目次

山を下りるにはまだ早い

  1. 01四人部屋
  2. 02並ぶ前
  3. 03二つの一階
  4. 04待っている答え
  5. 05先に買う
  6. 06湯の手前
  7. 07玄関
  8. 08雨の二人
  9. 09骨
  10. 10返すもの
  11. 11まだ話している
  12. 12紙の向こう
  13. 13返してもらうもの
  14. 14隣へ座る
  15. 15下へ行く
  16. 16残した車
  17. 17九時の番号
  18. 18送られてきた紙
  19. 19後ろの席
  20. 20おかわり読書中
  21. 21終章 四人分

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