山を下りるにはまだ早い

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CHAPTER 16 / 21

第十六章 残した車

七時半に戸の音がした。宏和が出るところだった。
「先に下を見る。お前の方、あとで」
 僕は布団から起き、亮の顔を見た。目が開いていた。
「朝飯、行くか」
「ちょっと待って」
 顔を洗って戻ると、亮は歯ブラシを袋へ入れていた。右肘を曲げると袖が引っかかった。僕が袋を持つと、手を止めた。
「まだ、入れる」
「うん」
 僕は袋を戻した。亮は左手へ替え、ブラシを押し込んだ。

 八時を少し過ぎていた。帳場で宏和が店へ説明していた。女将さんは道の下まで迎えが来ると、僕へ地図を見せた。歩く道を聞き、戻った宏和へ目印を伝えた。
 彼が父親の番号を開いた。
「どこまで来てもらう」
 僕が言い、宏和はそれを父親に言ってから、女将さんにも確かめた。
 亮は食堂で待っていた。椀が三つあった。僕らが座ると、笠原さんが鍋の蓋を取った。
「もう一杯あります。欲しくなったら」
 亮は頷いた。

 宏和は車の紙を裏返した。
「車、置いてく。鍵はここへ預けていいって。店にも名前を伝えた」
 亮が鍵を見た。
「持って下りないんだ」
「うん。荷物を取ったら、俺から渡す」
 女将さんが頷いた。
「道が通ったら、連絡します。来られる日を教えてください」
 宏和は紙へ宿の番号を書いた。
「父親に、もう一回ここまで送ってもらう。車は俺が店まで戻す」
「俺も来ようか」
 僕が言うと、宏和は紙から顔を上げた。
「いつになるか、まだ。今日、下で迎えてもらうのも、ちゃんと場所を言わないと」
 彼は父親の宛先へ地図を送り、名前をつけて保存した。椀はまだ机にあった。携帯を伏せ、ようやく手を伸ばした。

 食後、拓海の荷物を見てもらうために二〇一へ戻った。警察官が鞄の中を確認した。持って帰れる物を寄せると、椎茸の大袋が二つ、小袋が一つ残った。
 宏和が小袋へ手を掛けた。

「これも、買ってたんだな」

 鞄へ入れようとして、やめた。持ち手の縫い目が抜けたままだった。
 女将さんが、千佳さんへ送るなら宿からでも、と言った。

「俺、電話してから、頼んでいいですか」

 僕が訊くと、彼女は頷いた。送り先も、土産をどうするかも、まだ僕には訊けていなかった。
 宏和は袋を卓へ戻した。警察官に残りの荷物を確かめ、僕らの物を先に持った。

 廊下で香坂さんと会った。拓海は治療を受けたと聞いた。会えるか訊くと、いまは待ってほしい、と答えた。
 亮は何も訊かなかった。具合が悪くなったら案内の人に言うように、と話され、はい、と返した。

 玄関には雨具が並んでいた。小鈴さんは澄さんのコートを畳み、自分の鞄へ入れようとしていた。

「入らない」
「入るって」
「あなたの、靴、入ってる」

 小鈴さんは鞄を閉じた。コートを抱え、澄さんに持ってもらうのをやめた。

「帰ったら、寝る?」

 僕へ訊いた。

「たぶん」
「私、月曜の受付、代わってもらえるか、まだ、聞けてない」

 澄さんが自分の鞄を掛けた。

「駅までなら、ついてく」
「そのあとも、いい?」

 澄さんは小鈴さんを見た。それから持ち手を肩へ上げ直した。

「一回、家、寄る」
「うん。待つ」

 宏和が鍵を渡し、女将さんから預かりの紙を受け取った。亮の鞄の持ち手で、青いイルカが揺れた。
 僕が靴紐を結ぶと、亮が待っていた。

「行くか」

 僕は頷いた。宏和は車の方を一度見た。後部座席には、誰もいなかった。
 案内の人が先へ出た。木から落ちる水が、雨具の肩を叩いた。亮は振り返らなかった。宏和も途中から、車を見なくなった。
 道が狭くなると、三人は縦に並んだ。僕は、前を歩く亮の鞄だけを見て下りた。

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目次

山を下りるにはまだ早い

  1. 01四人部屋
  2. 02並ぶ前
  3. 03二つの一階
  4. 04待っている答え
  5. 05先に買う
  6. 06湯の手前
  7. 07玄関
  8. 08雨の二人
  9. 09骨
  10. 10返すもの
  11. 11まだ話している
  12. 12紙の向こう
  13. 13返してもらうもの
  14. 14隣へ座る
  15. 15下へ行く
  16. 16残した車読書中
  17. 17九時の番号
  18. 18送られてきた紙
  19. 19後ろの席
  20. 20おかわり
  21. 21終章 四人分

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