七時半に戸の音がした。宏和が出るところだった。
「先に下を見る。お前の方、あとで」
僕は布団から起き、亮の顔を見た。目が開いていた。
「朝飯、行くか」
「ちょっと待って」
顔を洗って戻ると、亮は歯ブラシを袋へ入れていた。右肘を曲げると袖が引っかかった。僕が袋を持つと、手を止めた。
「まだ、入れる」
「うん」
僕は袋を戻した。亮は左手へ替え、ブラシを押し込んだ。
八時を少し過ぎていた。帳場で宏和が店へ説明していた。女将さんは道の下まで迎えが来ると、僕へ地図を見せた。歩く道を聞き、戻った宏和へ目印を伝えた。
彼が父親の番号を開いた。
「どこまで来てもらう」
僕が言い、宏和はそれを父親に言ってから、女将さんにも確かめた。
亮は食堂で待っていた。椀が三つあった。僕らが座ると、笠原さんが鍋の蓋を取った。
「もう一杯あります。欲しくなったら」
亮は頷いた。
宏和は車の紙を裏返した。
「車、置いてく。鍵はここへ預けていいって。店にも名前を伝えた」
亮が鍵を見た。
「持って下りないんだ」
「うん。荷物を取ったら、俺から渡す」
女将さんが頷いた。
「道が通ったら、連絡します。来られる日を教えてください」
宏和は紙へ宿の番号を書いた。
「父親に、もう一回ここまで送ってもらう。車は俺が店まで戻す」
「俺も来ようか」
僕が言うと、宏和は紙から顔を上げた。
「いつになるか、まだ。今日、下で迎えてもらうのも、ちゃんと場所を言わないと」
彼は父親の宛先へ地図を送り、名前をつけて保存した。椀はまだ机にあった。携帯を伏せ、ようやく手を伸ばした。
食後、拓海の荷物を見てもらうために二〇一へ戻った。警察官が鞄の中を確認した。持って帰れる物を寄せると、椎茸の大袋が二つ、小袋が一つ残った。
宏和が小袋へ手を掛けた。
「これも、買ってたんだな」
鞄へ入れようとして、やめた。持ち手の縫い目が抜けたままだった。
女将さんが、千佳さんへ送るなら宿からでも、と言った。
「俺、電話してから、頼んでいいですか」
僕が訊くと、彼女は頷いた。送り先も、土産をどうするかも、まだ僕には訊けていなかった。
宏和は袋を卓へ戻した。警察官に残りの荷物を確かめ、僕らの物を先に持った。
廊下で香坂さんと会った。拓海は治療を受けたと聞いた。会えるか訊くと、いまは待ってほしい、と答えた。
亮は何も訊かなかった。具合が悪くなったら案内の人に言うように、と話され、はい、と返した。
玄関には雨具が並んでいた。小鈴さんは澄さんのコートを畳み、自分の鞄へ入れようとしていた。
「入らない」
「入るって」
「あなたの、靴、入ってる」
小鈴さんは鞄を閉じた。コートを抱え、澄さんに持ってもらうのをやめた。
「帰ったら、寝る?」
僕へ訊いた。
「たぶん」
「私、月曜の受付、代わってもらえるか、まだ、聞けてない」
澄さんが自分の鞄を掛けた。
「駅までなら、ついてく」
「そのあとも、いい?」
澄さんは小鈴さんを見た。それから持ち手を肩へ上げ直した。
「一回、家、寄る」
「うん。待つ」
宏和が鍵を渡し、女将さんから預かりの紙を受け取った。亮の鞄の持ち手で、青いイルカが揺れた。
僕が靴紐を結ぶと、亮が待っていた。
「行くか」
僕は頷いた。宏和は車の方を一度見た。後部座席には、誰もいなかった。
案内の人が先へ出た。木から落ちる水が、雨具の肩を叩いた。亮は振り返らなかった。宏和も途中から、車を見なくなった。
道が狭くなると、三人は縦に並んだ。僕は、前を歩く亮の鞄だけを見て下りた。