宏和が荷物からパンを出した。途中の店で買ったまま、袋が潰れていた。
「食べる?」
亮は首を振った。僕は半分、と言った。宏和は割ろうとして、クリームが指についた。皿がなくて、袋の上へ置いた。
亮は窓へ行った。障子を開け、すぐ閉じた。外は暗かった。
「俺、会いたい」
僕は口にあったパンを飲み込んだ。
「拓海に?」
「うん。来いって、言ってほしくないけど」
宏和は指を拭いた。
「訊く。会えるか」
彼は座卓の白い電話を取り、帳場へ掛けた。鷲尾さんをお願いできますか、と、自分で訊いた。
亮は僕らの座卓の端へ戻った。パンは取らなかった。
小部屋へ行くと、拓海は立ちかけた。
「座ってて」
亮が言った。拓海は座り直した。
僕は戸の近くへ残った。鷲尾さんが椅子を一脚寄せてくれた。亮は向かいに座らず、拓海から一つ分離れた隣へ座った。
「俺さ、今日は、湯、二回入ったんだよ」
拓海は亮を見た。
「祐助に聞いた。待ってたって」
「祐助から、待ってって聞いた。そのとき、もう二回目だった。お前、何か、忘れ物取りに行ったんだと思って」
亮は拓海の足元を見た。二人とも宿のスリッパだった。
「俺、あの人の胸、押した。顔、ほとんど見てない。手を置く場所ばっかり、見てた」
拓海は、俺、と言いかけた。
「いま、先に、聞いて」
亮が言った。
「お前が電話持って下りる前、床へ倒してたんだって。俺、そのとき、二回目へ入ってた」
拓海は頷いた。
「そこまで、聞いた」
「だから、何も知らない俺へ、待っててって、言ったのが」
亮は椅子を引いた。立たなかった。
「俺、今日、来るの、楽しかったんだよ。お前、行けるって言ったから。誰も減らさないで、四人で」
拓海は両手を膝へ置いた。
「ごめん」
亮は顔を向けなかった。
「いま、その返事を、俺がするの、嫌だ」
拓海は黙った。
鷲尾さんが時刻を見た。亮は椅子を戻し、立った。拓海も立ちかけたが、亮は足を止めなかった。
「亮」
拓海が呼んだ。
「俺、仕事と母に、自分で電話する」
亮は戸まで来てから、振り向いた。
「俺に、許可もらわなくていい」
拓海は何か言いかけた。亮は部屋を出た。
廊下で宏和が待っていた。パンの袋を持っていた。亮へ出すと、彼は一つ取った。
「飲み物、上にある」
宏和が言った。亮は頷き、階段を上がった。僕はその後を行った。