山を下りるにはまだ早い

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CHAPTER 02 / 21

第二章 並ぶ前

女将さんは湯飲みを重ねた盆を持っていた。廊下の奥から梢さん、と呼ばれ、僕らへ少し待つように頼んだ。
 宏和は携帯を下げた。亮が玄関の白い壁の前へ行ったので、僕らも寄った。壁の下には宅配便の箱が二つあった。
「ここでいいんじゃねえの」
「下、切るか」
 画面を横にしたところへ、胡桃のクッキーと胡麻の煎餅を持った女性が来た。
「どっち?」
 亮も袋を見ていたので、僕が胡桃と答えた。女性は袋を開けかけ、携帯に気づいた。
「写真? 私、撮ろうか」
 宏和がすぐに渡した。彼女は袋を窓際のテーブルへ置き、花村小鈴と名乗った。そこで本を読んでいる寒河江澄と来ているという。僕らも名乗ると、拓海だけが、俺は働いてます、と付け足した。
「真ん中、狭い。大きい人は端へ」
 小鈴さんは僕と拓海へ少し寄るように手を動かし、携帯を下げたまま待った。亮は肩をすぼめて一歩後ろへ下がった。僕の右肩の上に顔が来た。
「遠近法で」
「箱に乗ってんじゃん」
 拓海が腕を引いた。亮は片足だけ下ろし、僕は壁から離れた。
 シャッターの音がした。小鈴さんの隣で、丸い眼鏡の女性が自分の携帯を下げた。
「今のでよかったかも」
「まだ並んでないです」
 宏和へ見せた画面では、拓海が斜めになって亮の腕を掴み、僕は笑っていた。宏和だけが正面を向いていた。
「四人とも入ってるよ」
 もう一人が後ろから覗いた。髪の内側だけ明るい茶色で、本を胸に抱えていた。
「陶子、私のもそれくらい自然に撮って」
「さっき、目が小さいって言ったじゃん」
「目は開けて、自然に」
 三輪陶子、朝倉なずなと名乗った。なずなさんは、恋人です、と言って陶子さんの腕をつついた。
 小鈴さんが携帯を上げた。
「もう一枚。亮君、そっちの端へ。顔だけこっち。息止めなくていいよ」
 亮は端へ移り、笑って肩を下げた。僕も正面を向いた。宏和は届いた二枚を四人のグループへ送り、亮は最初の方を待受にした。
「揃ってる方じゃねえの」
「こっちの方が、お前、変」
「じゃあ俺のは揃ってる方にする」
「それ、俺が端じゃん」
「お前のは、それだろ。もう」
 僕にも二枚とも来た。どちらかを消すつもりはなかった。
 窓際へ戻ると、澄さんが足元の鞄を膝へ上げた。宏和はそこへ置きかけた丸椅子を自分の方へ引いた。
「花村さん、受付のお仕事ですか」
「司会と、受付も。どうして?」
「写真の並び方、すぐ決まったので」
「並ぶのに困ってたんだね。じゃあ、今日は役に立った。いつもは全員来る前から始めなきゃいけなくて、誰がまだか、喋りながらずっと数えてる」
 小鈴さんは袋を開け、澄さんの膝から皿を取った。
「今日は来てる人だけでいいから楽。働いてる人、休み合わせるの大変だった?」
「俺は空いてる日、最初に全部出したんです」
 拓海は亮を指した。
「三日」
「既読にした時点で返したと思ってた」
 宏和は指される前に、家の用事が決まってなかった、と言った。
「私も一日ずれて、澄に合わせ直してもらった。明日の仕事、代わってもらったんだよ」
 澄さんはクッキーを半分に割り、小鈴さんの皿へ片方を置いた。小鈴さんは見ずにつまんだ。
「二人のも撮りますか」
 宏和が訊いた。小鈴さんは食べたまま頷きかけ、窓へ顔を向けた。
「庭で撮りたい。まだ明るいうちに。あそこ、二人で立てるかな」
 澄さんがようやく鞄を床へ戻し、本を開いた。
「それまで私、ここで読んでる」
「私のお菓子まで取っといて」
 小鈴さんは胡桃の袋を澄さんの前へ置き、胡麻の煎餅を亮へ差し出した。澄さんはクッキーをもう一枚取った。
 拓海が携帯を読んだ。母ちゃんかと訊くと、水野さん、と答えた。事務所で月曜に来る人と、まず自分が話してよいという返事だった。
「俺がいる日、教えてたんだよ。先生にも会うけど、まず俺のとこに来るって」
 彼は食べる前にもう一度文を読んだ。
「月曜、帰る前に飯食わねえ?」
 亮が訊いた。
「土曜に月曜の飯決めるの」
「明日はみんなで食うだろ」
「六時半には出る。たぶん。遅くなったら先食ってろ」
 僕は授業の終わる時間を思い出せず、あとで返すと言った。宏和は祖母の所へ寄ってから来るという。
「待つだろ。注文だけする」
「俺のまで?」
「お前、いつも同じじゃん」
 宏和は、そうだけど、と言った。亮は六時半と入れ、店の名は空けておいた。
 窓で紙が擦れた。灰色のジャンパーの男性が、日付の過ぎた紙を剥がしていた。近くの駐在所の福地篤だと女将さんが紹介した。新しい紙には夜間の車上荒らしへの注意と、道の狭い所に駐車しないようにとあった。
「この辺、夜も車が来るんですか」
「宿の人も通るからね。車に貴重品、置かないで。下りも急がないで」
 宏和が駐車場を指した。
「借りた車なんです。下りの方へ向けといた方が、出やすいですか」
 福地さんは窓へ寄り、車の前から砂利の低い方へ目を移した。
「ここで向きを変えると、坂へ頭を出すことになる。今のままで、一回切り返す方がいいよ」
「俺、切り返すの、あんまり」
「出る時に呼んで。横で見てるから。今は動かさなくていい」
 宏和は携帯を出しかけて、しまった。
「じゃあ、明日」
「うん。出る時間が決まったら、梢さんに言っておいて」
 女将さんが、朝、駐車場を片づける時に、と宏和へ言った。彼は車の方をもう一度見て、椅子を引いた。
 福地さんは亮のイルカへ目を移した。
「それ、うちの娘が小学校の頃に買った」
「大人も買います」
「うん。いいと思う」
 玄関脇の椅子から福地、と呼ばれた。白髪の男性が革の鞄を足元へ立てていた。福地さんは剥がした紙を折り、その人の所へ行った。
 紫のストールの女性が僕の肩へ触れた。
「テレビに出てなかった? 名前の台の前で」
 亮を見ないで、高校でクイズに出たと答えた。女性は辻待しのぶと名乗った。占いの名刺を後で持って来るという。拓海が掌を出しかけると、今日は何も持ってない、表を作る方なの、と笑った。
 女将さんが戻ってきた。三時二十分だった。なずなさんは『山村の怪異』を開き、宏和の案内と重ねていた。
「この廊下、歩きたいんだよね」
「庭は、こっちから行けますか」
 小鈴さんが訊いた。女将さんは、見学の最後に下の戸をお見せします、と答えた。
「澄、そこまで行こう。戻ったら私も座る」
 澄さんは本へ栞を挟んだ。
「五分?」
「それくらいでしょ。庭、知らないで行くより」
 宏和は案内の表紙を持ち直した。澄さんが本を鞄へ入れるので、僕は通れるように椅子を寄せた。
 小鈴さんは僕へ、あとで一問だけ出してくれる、と訊いた。
「澄も、知ってるのに人前だと答えないんだよ。今日は仕事じゃないから」
 澄さんは鞄を持ち直した。
「私は読みに来たんだけど」
「分かってる。一問だけ」
 亮はイルカをポケットへしまった。
「俺の十分は、見学始まってからだからな」
 宏和は、分かった、と言った。僕は携帯を持ち直した。拓海の返事がまだ来ていない。月曜の飯には行けると、風呂へ入る前に返そうと思った。

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目次

山を下りるにはまだ早い

  1. 01四人部屋
  2. 02並ぶ前読書中
  3. 03二つの一階
  4. 04待っている答え
  5. 05先に買う
  6. 06湯の手前
  7. 07玄関
  8. 08雨の二人
  9. 09骨
  10. 10返すもの
  11. 11まだ話している
  12. 12紙の向こう
  13. 13返してもらうもの
  14. 14隣へ座る
  15. 15下へ行く
  16. 16残した車
  17. 17九時の番号
  18. 18送られてきた紙
  19. 19後ろの席
  20. 20おかわり
  21. 21終章 四人分

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