山を下りるにはまだ早い

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CHAPTER 04 / 21

第四章 待っている答え

「俺、これ食ったら行く」
 亮が言った時、小鈴さんから一問だけ、と頼まれた。
「問題を持ってきてないんです」
「何でもいいよ。さっきの建物とか。出たら私も座る。ずっと喋らせるつもりじゃないから」
「建物は宏和の方が」
「出すのはお前がいい」
 亮の返事で、僕は問題を探した。彼はまだ椅子へ座っていなかった。
「日本でいちばん高い建築物は――」
「スカイツリー」
「――東京スカイツリーですが、日本でいちばん高い山は何でしょう」
 なずなさんが富士山と答えた。陶子さんと手を合わせ、取れたと喜んだ。亮は建物って言ったじゃん、と言って座った。
「もう一問。私も答えたい。食べ物にして」
 小鈴さんが手を上げた。僕は次のLDKのDをダイニングと宏和に答えられてから、胡桃の英語を出した。澄さんが先に答え、小鈴さんはゆっくり隣へ顔を向けた。
「澄まで来ると思ってなかった」
「知ってたから」
 小鈴さんはその皿から羊羹の端を取った。
「英語の本ですか、それ」
 僕が鞄の口へ目をやると、澄さんは羊羹を食べてから本を出した。表紙に図書館のシールがあった。
「小説です。仕事で問題集を見てるから、休みは問題、読みたくなくて。算数ばっかりなんですけどね。胡桃はお菓子で覚えました」
「小鈴、私、これを読むつもりで持ってきたの」
「庭でも読めば。私、あとで撮ってもらうから」
 小鈴さんが宏和へ言った。彼は、いいですよ、と答えて携帯を机へ伏せた。
「次、一人ずつにしないか」
 白髪の男性が福地さんと入ってきた。窓を閉めてほしいと頼み、僕の前へ座った。庄司さんと呼ばれた。
「端から順にすれば皆さんへ当たるでしょう。テレビの大会、見ていたよ。最近の子は考える前に押してるみたいだ」
 五問は作れないと答えると、自分なら一つあると言った。鼠の次は、としのぶさんへ出し、丑と答えられてから猫がいない理由を尋ねた。
「鼠に、日にちを嘘で教えられた話?」
「そう。それを聞きたかった。知恵があるからといって、人を騙してはいけないんだよ」
 しのぶさんは茶を取り直した。水原さんが戸口で紙を出した。
「お借りしたものを返します。四時から、お話の続きもお願いします」
 庄司さんの携帯が震えた。孫だよ、と言って眼鏡を掛け、送られた挨拶を声に出した。町内会で来週話すらしい。文を直すと、電話から大人が増やしたら長くなると声がした。
「じゃあ、どこを聞くんだよ」
 笑いながら最後まで聞き、明日の晩御飯はそちらで食べると話して切った。水原さんは二枚の紙を重ね、携帯の横へ置いた。上には大きな黒い字で、講演の前に説明を訂正してください、とあった。下に主催の会の名前があった。
「講演、なくなるんですか」
 亮が訊いた。
「主催から届いた文のコピーです。説明を確認できるまで、告知を待つと」
 水原さんが答えた。下に、十二年前、警察の用事を女性の私用と発表した説明を訂正してほしい、とあった。
 庄司さんの携帯へ、別の着信が来た。庄司さんは襟を直し、今、その水原さんと一緒です、と答えた。
「今日中には。来月話す内容まで変える必要はないでしょう」
 小鈴さんが膝の手をほどいた。時計は三時五十分を過ぎていた。庄司さんは電話を切り、大きな字の紙を裏返した。
「私にも同じ文が来ています。私からも返事するようにと」
 福地さんが言った。なずなさんは本を閉じた。
 水原さんが下の一枚を庄司さんの前へ出すと、彼は、編集者へ先に通すのはやめてほしい、と言った。
「引用元の記事を訂正すると分かっていて、黙っていられません」
「本は私一人で出すものじゃない。予定を止めたら困る人がいる」
「それなら、今日、お願いします」
 水原さんは、回想録へ使う前に、元の記事の誤りを直したいと言った。庄司さんはその原稿の最初の段落を声に出した。
「『当時宿に勤めていた女性が、尚人さんへ接触を依頼した事実は確認されていない。尚人さんは警察の求めで相手と会った』。ずいぶん簡単に書くね。女性の名は?」
「ご本人が、また名前が出るのは困ると」
「この、私の指示だったという所は、私の発言になっているの?」
「伺った話を、私がまとめた案です」
「まだ了承していないよ。それと尚人君がやめたいと言っていた件は、福地君へ。私は最近聞くまで知らなかった」
 福地さんが紙へ近づいた。
「先に、警察の用事だったと認めてください。あの女性が頼んだんじゃないと」
「それは私が話す。君の話まで私が答えるわけにはいかないでしょう」
「弟が行くと言ったから、俺が頼んだから、それで終わらせるつもりですか」
 庄司さんの腕で紙へ届かない手を、福地さんは引かなかった。水原さんが書き始めてから下ろした。
 拓海の皿に羊羹が半分残っていた。本人はこちらを見ていなかった。
 庄司さんは眼鏡を外した。ここでやる話ではないと言い、四時から読書室で四十分、原稿は五時十五分過ぎに回収という予定を確かめた。澄さんへ通してほしいと頼み、二枚を挟んだファイルを持って向かいへ入った。
 福地さんは窓へ戻り、切抜きをまとめた厚い束を膝へ載せた。鞄へ押し込むと口が閉まらず、女将さんへ、ここに置いておいていいですか、と訊いた。
「ゴム、切れてるんだ」
 拓海が上着から黒い帯を出した。荷物へ回す長い帯で、二つに畳んであった。
「これで巻けます。金具、こっちへ通せば。俺の鞄には、巻かなくてもよかったんで」
 福地さんは礼を言って受け取り、紙の束へ二重に回した。赤い糸の挟まった金具が一番上へ来た。
「夕飯までには返すよ」
「四時四十分に。俺、そのあと風呂なんで」
 小鈴さんが弟は何歳だったかと訊くと、十七、真島尚人、と答えた。自分は結婚して姓が変わったという。
 水原さんは今話せないかと頼んだが、福地さんは出る用事がある、夜に、と返した。水原さんにも電話が来た。
 僕は爪楊枝を半分に折り、拓海へ皿を渡した。澄さんが小鈴の答える問題を一つだけと頼んだ。胡麻の英語には、セサミ、とすぐ返った。小鈴さんが片手を上げたので僕も合わせた。
 音を聞いて亮が立った。
「今なら風呂行く?」
 宏和が尋ねた。
「行く。俺、何回言った」
 僕は月曜の授業を確かめ、グループへ行くと返した。拓海も目の前で返事を打った。携帯を指へ挟んだまま皿を持ったので、僕も半分受け取った。
 廊下で、水原さんが電話へ言っていた。
「六月の方も、これが出るまで載せないんですか。あちらには、もう撮った写真も選んでもらってます。待ってもらった時間まで、私からお断りし直すんでしょうか」
 水原さんは壁に背をつけた。僕らの皿が触れる音で、携帯を反対の耳へ移した。
「私の名前で出すんでしょう。だったら原稿は私に書かせてください。……あの方が否定したら、そこで止めるんですか。前の記事は、本人の話として私が書いたんです」
 水原さんは返事を聞き、壁から背を離した。
「確認できなかったことも書きます。確かめていない二行は外す。それで、訂正を私から返すところまで。明日の昼までには、録音も一緒に」
 僕らが盆へ皿を載せると、彼女は読書室へ入った。戻って携帯を取った時、向かいから池上君の文も、と声がした。
 戸の傍へ残ると、水原さんがノートを開いた。
「十二年前、千佳さんが私用で接触を頼んだ、と書いてよいか聞いた。あなたにはいと言われた、とノートにあります」
「確認したなら君の記事だ。私は原稿まで書いていないよ」
「私が載せました。電話も、二回、昔のことだからと断って。それは書きます。だから、あの時、はいと言ったところを」
「君がまとめた文を、今、私に読ませているんでしょう」
 庄司さんが役職の違う段落を指すと、水原さんは赤いペンでそこを直した。
「役職は直します。あの時の返事も」
 庄司さんは紙を裏返した。下にある水原芙美の四字へペンの先を置いた。
「ここは残るんだね」
「私が書いたので」
「それなら、まず君が書いた案として読んで。私が答えたかどうかは、その後です」
 水原さんは紙を戻そうとした。庄司さんの指は離れなかった。彼は携帯を気にしていた。孫の文を読むのかと思ったら、録るのはその後に、と先に手を出した。
 水原さんは赤いペンを置いた。紙を戻すと、右の袖口が机へ擦れ、折った所の白い裏が出た。携帯の蓋を後ろへ折り、机の端へ立てた。紙の上下が画面へ入るまで、ペンを横へ動かした。灰色の電話の角も入った。
「顔は?」
「どの行を読んだか、指と一緒に。音は入ります」
「なら、読んだ所までにして。五時に池上君も来る」
 水原さんはノートを閉じないまま、録画を始めた。庄司さんの指が原稿へ来ると、画面を確かめてから椅子へ座った。
「その下は、池上君から来た文だね。ご本人が以前の宿へ戻りたいと」
「そちらはもう一度確認します。訂正とは分けて」
「了承を頂いていると聞いたから、今日も会うんですよ。私が誘ったことにはしないでください」
 水原さんは下の二行を折った。線は引かなかった。僕は亮へ先に入ってと送った。拓海へ訊けばいいのに、今は紙が返されるのを見たかった。
 福地さんが来た。窓側へ行こうとして椅子の背に膝を当て、戸の横へ残った。
「笠原君は、まだ厨房かな。手紙のことを直接聞いておきたい」
 庄司さんが立ちかけると、福地さんは椅子の背へ手を置いた。
「弟の話が、まだ」
「君の弟が頼んだと、この文へ入れていいのか」
「そうじゃない」
 庄司さんが椅子を引いた。福地さんは通れる幅を空けた。水原さんが原稿を向けると、庄司さんは手前へ引いた。署名の上へ右の掌が来た。
「そこは残してください。私が書いたので」
「残すよ。その前に、私が答えた所を。先に確認します」
 手が紙を離れると、水原さんはペンを持ち直した。
 階段から亮が呼んだ。
「先にって、何。お前が後だと、また露天だけ別になるだろ」
 福地さんがこちらを向き、僕は戸口から離れた。水原さんは木台の携帯を確かめてから、また紙を読んだ。
 僕は亮を追った。
 拓海は盆を帳場へ返した所だった。亮の後を通り、僕へ皿を落とさなかったかと訊いた。僕は落としていないと答えた。
「向こうで、お前の文の話、してた」
「何て」
「お母さんが、戻りたいって」
 拓海は階段へ置いた足を下ろした。僕が庄司さんの言った文を続けると、亮が上から呼んだ。拓海は手すりを一度掴んで、こちらを向いた。
「風呂、行ってて。俺、土産だけ買う」
「さっき、後でって」
「忘れるから」
 僕は財布を持っていた。待つと言えば、また亮に呼ばれる。でも、どこを直したいのかまで、今度は拓海から聞けると思った。
「俺も行く」
 拓海は頷かなかった。先に帳場へ戻った。僕は亮へ、もうちょっと、と言った。彼は返事をしないで階段を上がった。

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目次

山を下りるにはまだ早い

  1. 01四人部屋
  2. 02並ぶ前
  3. 03二つの一階
  4. 04待っている答え読書中
  5. 05先に買う
  6. 06湯の手前
  7. 07玄関
  8. 08雨の二人
  9. 09骨
  10. 10返すもの
  11. 11まだ話している
  12. 12紙の向こう
  13. 13返してもらうもの
  14. 14隣へ座る
  15. 15下へ行く
  16. 16残した車
  17. 17九時の番号
  18. 18送られてきた紙
  19. 19後ろの席
  20. 20おかわり
  21. 21終章 四人分

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