小宮さんから、箱の底に包んだナイフも確かめたと聞いた。小鈴の袖と土曜の写真、源さんの上着も確認されていた。原稿と携帯は別々に保管され、僕は自分が持った紙の端をもう一度示した。
灰色の服に付いたのは都の血だった。畑野さんがその服を燃やしたことと、会場へ残った源さんの身体は、別々に聞かれていた。
源さんの台は、姪の家の入口を通らなかった。いったん工藤さんの店へ置けることになり、日曜、僕とルカが運んだ。重い方は台車へ載せた。原田さんが先に下の段を押さえ、ルカは引出しだけを左で出した。
劇場で引出しを空ける間、姪は写真を床へ並べた。持主の違う部品を分け、分からない物は袋へ残した。
「家じゃ削れないって、伯父、言ってたでしょう」
「はい」
「削ってた。怒られる前に片づけてただけ。食卓の傷、すごいの」
写真の端にも白い傷が何本もあった。僕が短い紐を持つと、その先に読めない札が残っていた。姪はそれも写真へ並べた。源さんへ聞けばよいと思っていた物が、いくつもあった。
台を押し出すと、ルカの靴が床へ擦れた。僕はまだ上げるかと訊き、台車をこのまま、と言われた。源さんの一本は預け、名古屋の重い組立は別の人になった。ルカが取った次の仕事は、まだ見積りの方だった。彼は床の段へ先に板を当てた。
店では、長いケースをどけた幅へ下ろした。引出しは別で積んで来た。工藤さんが右二段目からと声を掛けた。録音もその順だった。
「そこへ膝、入れるんだよな」
工藤さんがしゃがみ、引出しを押した。途中で止まる。僕が反対側を押さえると、奥まで入った。来月の金具は二つなら揃う。四つはないと、源さんへ返す用事が残っていた。
工藤さんは袋から長い柄を抜き、源さんの名前を書いた紙へ載せた。ルカの一本とは分けてある。
店の客の荷が来ると、僕らは外へ出た。姪は小さい袋だけを持っていた。写真の封筒は僕へ預けた。
「小鈴さんの箱、伯父、入ってた?」
「土曜に。客を運べって、自分で。小鈴が三分なくなるからって、止めたんです」
「出て来る役なら、よかったのにね」
「録った方、どうしますか」
姪が僕を見た。
「いまは、持ってる。出すかどうかは、私もまだ。伯父、客の顔を見て立つって言ってたんでしょう」
「はい」
僕は封筒を開かなかった。源さんの声は残っていて、凪の出すつもりだった方も、そこへ残る。
ルカが地面を見た。僕は封筒の持つ所を替えた。
小鈴から電話が来た。三分の持主をサエさんへ頼み、自分が冷蔵庫を読むという。源さんの声は使わない。
「今度の客、歩、一回やる?」
僕は封筒を持ち直した。
「戻る方?」
「戻るかは、客席に訊く。あんた、帰る所まで、最後までやって。私が何を忘れたって訊くから」
「鞄は」
「今日、何持って来たの」
「写真の封筒」
「じゃ、その封筒は姪と決めて。稽古には、手、空いたままで来て」
僕は行くと答えた。姪へ話すと、原稿、私にも、と言われた。
姪は小鈴の上演へ行くと言った。友達も一人、誘ってみる。僕が日を教えると、彼女は予定を入れ、店の中へ顔を向けた。台の方は、入って来た客の荷で見えなくなっていた。
畑野さんから、灰色の服の札を外さないでほしいと文が来ていた。現物は警察が持っている。一般の面会が出来ると連絡を受け、休みをもらった。
彼は僕が座る前に名を呼んだ。
「服の話、読みました」
「札、写真には残ってた?」
「はい」
「取ると、どの公演か分からなくなる。榊さんに頼めばよかった」
今の袖へ手を掛けた。そこには札がなかった。
「茶碗も、焼いたんですね」
「下だった。服だけ先に燃やして消すつもりだった。火が区画の奥まで入るとは」
「都の血を消すために」
畑野さんは袖を放した。
「岸さんに見られたら、金を返すより先に聞かれる。都を出したら、台とは関係ない紙だって全部言うから」
彼は部屋へ布団を入れ、夜の受付へ行くつもりだった。源さんが水曜は昼に寝ろと読んだ紙を覚えていた。
「日曜、ひばりでやってから。三浦さんも来るから」
僕も一回だけやった芝居を覚えていた。台詞を忘れた畑野さんを、源さんが待った。
「都の文、二つとも、送ったんですね」
「返すつもりだった。携帯も」
「九時十八分の方は」
「火が消えてから。外で。ルカがまた掛けて来たから。あのまま、ひばりまで来ると思って」
僕は朝の倉庫を思い出した。箱を下ろし、署名を受け取り、会社へ戻った。そのあと畑野さんは、都の携帯を持って外へ出た。
「写真は、昨日撮ったのを送った。電話じゃ、また掛けて来るから」
「鞄を、窓の前へ置いて?」
「薬があるから渡せって、中から。戸を開けると出るでしょう。コートも鞄へ掛けて。人がいる所は、撮らなかった」
都は戸の中にいた。撮った人は、白い戸を見ていた。
「どこで送ったんですか」
「喫茶店から外へ出た時。姪へ掛ける前に。荷物もそこへあるって」
「都も、そこへいるって」
「帰らないならって、僕が」
彼は止まった。源さんが畑野さんの台詞を待ったことを、僕も覚えていた。今は、次に何を言うかまで僕が渡したくなかった。
「台、返したら」
畑野さんはそこで止まった。僕は鞄へ手を入れなかった。写真をもう一度見せれば、話を続けてくれると思いたくなかった。
時間を告げられると、彼は袖を持った。
「歩、札だけは」
「僕からは頼みません」
僕は立った。駅のベンチへ座り、携帯を出した。畑野さんの文が開いた。閉じて、鞄の写真を見た。
次の電車が来ても、立たなかった。
畑野さんの生活の物を出す日、僕は劇場へ入った。
警察の確認を終えた物を家族が引き取る。三浦さんも来ていた。次の仕事の紙は封筒に入ったままで、送る住所をまだ聞けないと、付き添いの人へ話していた。
源さんの写真は、次の上演で姪へ返す。小鈴には友達が一人増えると伝えていた。畑野さんの封筒は、家の引出しへ入れた。許してほしいとは書いていなかった。面会で話したあとも、その短い文は変わっていない。
流しのタオルは乾いていた。茶碗を写した一枚が透明な袋に入っている。現物はまだ返されていなかった。僕はその写真を荷物へ入れてよいか、引き取る人へ聞いた。
畑野さんが夜を過ごした場所には、コンセントが二つあった。延長コードを抜くと、もう一つから扇風機の線が出ていた。
冬は、どうしていたんだろう、と僕は思った。聞けなかった。
榊さんは入口で箱を数えていた。源さんから頼まれた物は、姪へ別の見積りを出している。生活の物の最後は枕だった。袋へ入れると半分が外へ出たので、僕は底へ押さず、口を広げた。
ルカが戸を持った。僕が通ると、すぐ後ろへついた。袋が柱へ引っ掛かり、彼が少し戻って、と言った。
枕を車へ入れた。僕らが戻ると、榊さんが劇場の扉を閉めた。僕の鍵は、荷物を出す前に返していた。
鍵の音がした。僕はポケットへ手を入れた。いつもの所に、指へ当たる物がなかった。
ルカが下へ落ちたテープを剥がした。貼紙の右下が扉から浮いていた。彼はそこを押し、粘らなくなったと僕へ言った。
僕は手をポケットから出した。角を一緒に押したが、指を離すとまた浮いた。