箱の外で待ち合わせ

最新版第九改稿版版を確認する →

CHAPTER 09 / 19

第九章 聞いていた人

喫茶店へ戻ると、小鈴がいた。

 ジャケットではなく、黒い上着を着ていた。源さんに貸した原稿の写しを、机へ二つに折っていた。

「今朝、作業台には無かったよ」

 僕が言うと、彼女は紙を開いた。

「うん。聞いた」

「取って来られなくて」

「いい。写し、持ってるから」

 原田さんが机の端へ手をついた。会社へ戻ると、僕にもう一度、明日出るつもりで寝なくてよいと言った。僕は礼を言った。小鈴も頭を下げたので、原田さんは、あんたも食べな、と皿の焼き菓子を見た。

 小鈴は一つ取った。噛んだあと、なかなか飲み込まなかった。

 都の姉がルカと来た。二人で、昨日の服に近い写真を探していた。僕に靴も見せてほしいと言われ、僕は思い出そうとした。自転車の石をどけたところを見たのに、靴の色が出てこなかった。

 姉は、違う日も全部出しておこうと言った。ルカが横へ椅子を足し、座るより先に携帯で水の自動販売機を探した。

「タオルは洗ってる。家、泊まれます」

「ありがとう。着る物、こっちで買ったから」

「俺が洗ったんじゃないんですけど」

 姉が、わかるよ、と答えた。ルカは椅子へ座り、小さい缶のあるポケットへ手を当てた。

 榊さんは、源さんから預かっていた紙のことを警察へ話したという。

 備品を貸した相手と、返す予定の日が揃っていなかった。椅子、照明、いくつかの衣裳。源さんはその場で作った物も売った物もあり、閉館までに引取先を決めたいと頼んでいた。

「全部、源さんの物ですか」

 僕が聞くと、榊さんは、全部ではない、と答えた。

「修理して引き受けた物もあります。そこは元の持主へ聞いています」

「金具、四つ頼んでるって」

「その相手の番号、わかりますか」

 僕は首を振った。源さんは、来月、同じの四つ、と言っていた。台をひばりへ運びたい理由だった。

 サエさんが袋を寄せた。

「工藤さんでしょう。自転車のほうの。電話、家で探せるよ」

 榊さんは名前を書いた。サエさんは、いま全部持ち出させないで、と続けた。

「私のも、まだある。人のも。誰が縫ったかわからなくなると、後からあの人の針って言われる」

 榊さんは、どこまで片づけたかから聞きたいと答えた。サエさんは袋の中の靴を見た。いまは、靴からでいいよ、と言った。

 凪が携帯を持って戻った。警察へ土曜の写真を送るために外へ出ていた。
「昨夜、源さんがここへ来たか、聞かれました」
 小鈴の向かいへ座らず、机の横に立った。
「八時四十二分、劇場にいて。そのあとこっちへ戻ったんなら、俺より早い。靴、返したって言ってたから」
「私はここで会ったよ」と小鈴が言った。
「そのあと。俺が戻った、そのあとに来たのかって。俺は、見てないって」
 彼は顔をそむけた。小鈴は自分の原稿を取った。
「後半、やるって返事したの?」
「二人の名前で。源さんにも出てもらうって」
「私、まだ出来るって言ってないよ」
「源さんが出来ないって言ったら、後半は俺だけで。待つ時間、映像で作ったら、俺の方、見せられると思って」
「じゃ、私の冷蔵庫は?」
「最初に付けて。小鈴さんが冷蔵庫で、源さんが持主の、三分はそのままで」
 小鈴が紙を畳んだ。
「司会の一枠みたいに言わないで」
 彼女は相手へ電話した。出た人に小鈴と名乗り、凪の提出した後半へ出るとは返事していないと話した。向こうの返事が長かった。
「前半は出したいです。でも、続けてでは。私がまだ出来ると言ってない分の印刷、止められますか」
 彼女が日付と金額をチラシへ書いた。もう明日の印刷には入る。火曜まで待つのは会場の支払だけになった。凪は携帯へ文を打ちかけたが、小鈴の電話が終わるまで送らなかった。
 僕は原稿の端を思い出した。源さんが離さなかった所へ、凪も手を掛けた。凪は夜の会場で源さんを待った。小鈴が車を返してから、鍵を返すまで、彼が一人で残った時間がある。
「源さんの顔は」
 僕が訊くと凪は顔を上げた。
「ここで顔を撮ればよかったです。入ってくれたのに、手ばっかり。四十二分も、背の方だけで」

 水の瓶はまだ開いていなかった。

 畑野さんは、源さんの姪へ掛け直すと言って店の外へ出ていた。

 ルカの携帯が鳴った。

 都からだった。椅子が床へ音を立てた。姉が先に画面を見た。緑のコートと鞄が写っていた。

『しばらく帰らない。荷物は送らなくていい』

 僕は机へ手をついた。

 青い窓があった。左下に三日月形の傷が残っている。

「窓の壁。ひばりへ、積んだほう」

 ルカは電話をかけた。電源が入っていないという案内になった。姉も自分の携帯を耳へ当てた。

 畑野さんが戻り、画面を見た。

「あれ、東へ変えた。ひばりは引き払うから。都は鍵、持ってるんだよね」

「東、火が出たんです」と僕は言った。

「うん。その前に行ったなら。写真、いつ撮ったかは」

 榊さんが、届いたままのものを残して、とルカへ言った。ルカは小宮さんへ電話した。写真の時刻と、畑野さんの話を短く伝えた。

 僕は東の写真を開いた。灰色の床だった。

 都の鞄の下には、白と茶色の四角があった。僕が壁を積む時に見せてもらった床。理容椅子を外した丸い跡も、コートの裾の下へ少し出ていた。

「ルカ、大家さんの写真。床の、出せる?」

 ルカが電話を耳へ当てたまま僕を見る。僕は自分の携帯を机へ置いた。

「電話、そのままで。ひばりの床だって、言って」

 彼は小宮さんへ、スピーカーにします、と言った。姉が椅子を寄せた。僕は写真の端へ指を置いた。

読んだ位置は、このブラウザに自動で保存されます。

目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角
  9. 09聞いていた人読書中
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

読みやすく整える

文字の大きさ
背景の色

設定と読んだ位置はこのブラウザだけに保存されます。別の端末には同期されません。