六時二十分、小鈴は三束の札を確かめた。凪が二つ、彼女が一つ。僕は裏口へ運び、車へ載せた。
「借りるの、九時まで。昨日八時って見たけど」
小鈴は借用の紙を鞄へ戻した。凪は、箱も今なら、と長箱へ向いた。
「二階、仕事が終わるまで使ってる。あとで鍵もらう」
「箱、今積めますよ」
「入れないよ。その時間、まだ人が使うから」
凪は車の戸を閉め、劇場へ戻った。源さんが凪の紙を見ていた。小鈴へ渡す三分の二枚、その後ろに凪の一枚があった。
「これ、冷蔵庫、もうないのか」
「捨てた後から。俺が戻って来て、源さんが持主で迎える方です」
源さんは扉を開ける行へ爪を当てた。閉める所へ、手を外す、と書いた。
「小鈴、捨てた後も読むか」
「私の、捨てる所まで。後ろはまだもらってない」
「二人で出すって返したんです。先に俺が書いて、見せてから」
小鈴は凪を見た。凪の指が原稿の端を丸めた。
「返したの?」
「九時までに、出来る方を」
彼女は前の二枚を取った。源さんが押さえていたので、引かなかった。
「それ、もう一組ある? 今日読むの、こっち」
凪は鞄から写しを出し、小鈴へ渡した。源さんは後ろの一枚を広げた。
「前の客、まだ帰ってねえのに二回目を言うんだな」
「いま読んでもらえば直せます。もう一回、録ってから」
源さんは帰る客の最初を凪へ向けた。
「俺、誰へ開けるんだ」
凪が紙を持った。
「冷蔵庫、まだ」
源さんの顔が上がった。凪は続きを見直し、紙を半枚戻した。
「紙、見せてみろ」
源さんが手を出した。小鈴は時計を見た。
「本、持った? 私、一束しか運ばないよ」
凪は原稿を台へ置き、携帯を近づけた。
「写真、送っときます。読むの、箱下ろしてから」
源さんは端を持っていた。僕が丸まった所へ指を置く。凪は白い所まで入れて撮った。
「後ろも、今夜持って来いよ」
源さんが言った。凪は頷き、写した紙をそのまま残した。畳んだナイフが上にあった。
「箱、下ろしたら電話」と小鈴が言った。
「月のあとじゃねえのか」
「明日は読む方。今夜は箱と、凪の紙の話」
小鈴の携帯が鳴った。車の戸を持ち、部屋の人の話を聞いた。
「はい。九時半には、箱だけ置いて。明日の十一時から使います」
凪が時計を見た。
「俺、先に椅子並べたいんです」
「鍵の人が来てから。私、午前は司会だから、歩、先に来られる?」
「月の人、十一時半に劇場」
「その前。部屋だけ見てくれれば」
僕は本の荷札を渡した。凪が、本を返す所も先、と助手席へ置いた。
源さんは車へ手を上げた。凪が座り、鞄を膝へ載せた。
うどんをよそったあと、都は源さんの薄茶色の上着を膝へ載せた。右の背の縫い目がまたほどけていた。
「戻すだけなら千円。次、引っ張ったら千五百」
「千円で頼んだ」
都は裏地へ指を入れた。ルカは食べ終わり、彼女の隣へ座り直した。
「名古屋、部屋もある。こっちの家賃は払うから」
「何か月?」
「三か月。長くなったら、その時また」
「三か月?」
都が上着の上へ針を寝かせた。
「来月の納品どうするの。あんた、車出すって言ったよね」
「最初のは行ける。週末なら帰れる」
「三つあるんだよ。最初の一つだけじゃなくて」
僕は鍋を火から下ろした。ルカは箸を揃え、食べ終えたことをもう一度見せるように椀へ渡した。
「日を教えて。今決めれば」
「何を決めるの。仕事、受けてきたんでしょう」
「受けた。受けるだろ。次があるか分かんないんだから」
「行くなって言ってないよ」
「じゃあ」
「今日聞いて、今日分かったって言わなきゃ駄目なの?」
都が裁縫箱を閉じると、上着が膝から落ちた。二人で拾い、どちらも袖を離さなかった。
「離して」
ルカが手を引いた。
「家賃のことも。払えばいいって話じゃ」
「払わなくていいの?」
「要るよ!」
都が上着を握った。源さんが、縫ったばっかりだぞ、と言った。彼女は手を緩めた。
僕は鍋の底の一本を取った。都の椀へ入れるか、自分で食べるか決められなかった。
「これ持っといて」
都が小さい缶をルカへ渡した。
「飴。膝から落ちる」
彼はポケットへ入れた。
「道具、先に積む。帰ってから話そう」
「棚は積まないで。まだここで仕事する」
「分かった」
「材料も」
「分かったって」
彼は白い工具袋を右から左へ持ち替えた。源さんが手首を見た。
「工藤に別の奴を頼むか。台、重いぞ」
「ひねっただけです。名古屋には言わないで」
「台を落とされちゃ困る」
「落とさないです」
「組む方は、手が治ってからでいい。俺の台の足、先に貸せば、出来てる方を使える」
「それ、源さんが組んだ方ですよね」
「客はどっちが組んだか、知らねえよ」
「都は見る」とルカが言った。
都は針へ糸を通そうとしていた。名前を呼ばれ、まだ払う方、と上着を示した。
源さんは椀を置いた。返事を待たず、都へ上着が済んだかと訊いた。
ルカは少し待ち、工具袋を持って外へ出た。
七時十分、畑野さんが灰色の服で戻った。源さんに夜の受付の紙を出し、次に台を売る控えを出した。
源さんは先の紙だけ返した。
「水曜、昼は寝ろ。こっちに来るなよ」
「台を運ぶ方も、別の人に」
「それは先に決まってんだろ」
都は見積りと、渡した服の控えを持ってきた。畑野さんが台の売却の控えへ重ね、源さんへ渡そうとした。
「こっちは私の。まだ払ってもらってないよ」
都は自分の二枚を抜いた。
「ここから引けば、源さんに返すのは残りでしょう。都の分も、先に払ったって」
「受け取ってない。払ったって書くなら、今日払って」
畑野さんは財布を出しかけ、紙へ戻った。源さんは台の控えだけを取った。
「俺へ返す話に、人の仕事を足すな」
畑野さんは、先にこっちを、と都を事務所へ呼んだ。都は二枚を別の封筒へ入れた。
僕は流しで椀を洗った。都が袖の札の封筒を頼んだので取りに行き、源さんへ渡した。
「捨てるなよ。サエに見せる」
源さんは机へ置いた。都が返した上着の裏地が引っ掛かっていたので、僕は襟だけを持ち、彼が両腕を通すのを待った。
右の背へ入れた糸は二本、玉を結んだ端が短く並んでいた。都が余った方を切った。源さんは上着を脱がず、肩を上げて待った。
「右、引っ張るなよ。また取れる」
「着るの手伝っただけで千五百ですか」
「それは俺に訊くな」
都が笑いかけ、畑野さんの呼ぶ声へ向いた。
ルカが戻り、源さんと台を動かした。僕は反対へ膝を入れた。台が上がると、ルカの左の指が白くなった。
「下ろせ」
源さんが言った。下の角材が転がり、ルカが足を引いた。源さんは台の端の携帯を横へ向けた。
「工藤。右、二段目から」
引出しを少し出して止め、前の所で持ち直した。長い柄の工具を抜き、ルカの一本へ並べる。自分の方へ紙を巻いて名を書いた。
「こっちは貸す。名古屋でまた足りなくなるだろ」
「ありがとうございます」
ルカが二本を袋へ入れた。携帯へ工藤の名を出し、閉じた。
「明日の台は替わってもらいます。名古屋の組立は行く」
「工藤へ言え。人数、俺は知らねえよ」
「源さんから言うと、全部休むってことになるから」
名古屋から電話が来た。ルカは大丈夫、最初の週から、と答える。都の服を向こうへ着せる台を自分で組むという。都はまだ注文ではないと言っていた。ルカが、試着の分から、と言い足した。
源さんの携帯の点はついていた。僕が見ると、源さんは引出しへ戻り、抜いた方をもう一度入れた。
電話を切ったルカが源さんを見た。
「今の、向こうへ言わないでください」
源さんは片手を引出しへ置いた。
「ここ、映ってねえか」
僕が携帯を持ち直すと、角が入った。源さんは続きを出した。
ルカが、九時に車でつなぐ、と画面の返事を読んだ。工藤と工具を出し、名古屋の人が入ってから図を見る。最初の組立の人へ渡すので、初めから残すという。
「今日、顔出すんですか」と僕は訊いた。
「仕事だから。工具も。右の方は、見せない」
「映像なら手も入るだろ」
「どっちで持つかまで、今決めてほしくないです」
ルカは自分へカメラを向け、右手首を下へ置いた。源さんは四区画からねじ袋を出し、一本ずつ数えた。
「これ、工藤へ。袋ごと」
ルカは工具とは別に持った。源さんは空洞の箱の毛布へ、長さを揃えた二本の縄を載せた。
「これ、先に取れよ。開ける方、下だ」
側板を指したので、僕は結び目の短い端を引いた。締まった。
「船、沈むぞ」
輪の方を引くと解けた。源さんは紙の端へナイフを置き、毛布を一枚僕へ渡した。
「本、なくなると軽いですね」
「そっち先に返せって言っただろ」
僕は籠へ押し込んだ。畑野さんと都の車は角を曲がっていた。
作業室へ戻ると、ルカが源さんへ携帯を貸してと頼んでいた。
「自分ので掛けろ」
「俺のだと出ないかもしれない。明日の台は替わってもらう、名古屋は外さないでって」
「台は下ろしただろ」
「下ろせって言われたからです」
源さんが携帯を向けた。画面の中にも空いた引出しがあった。僕が赤い四角を指すと、源さんはそこを押した。点が消えた。
「右二段目でいいか。名」
「いま出した所?」
「工藤、そこから出すから」
源さんは名前を入れた。昼の本の話の画面は出さなかった。ルカが袋を持ち、僕が戸を開けた。
彼が車から戻るのを待って、源さんから借りる毛布の数を月の人へ送った。二枚になったと答えた。八時九分だった。
「割るなよ、明日」
「ほかにも運ぶんで、どれですか」
「月だよ」
ルカが笑った。左の指に、工具袋の赤い印が移っていた。
籠へ押した毛布の白い糸が源さんの背へ残っていた。彼が払おうとして届かないので、僕が取った。二本の糸玉へ絡みかけていた。切った先は短く、そこをつまむとまた都へ返すことになる。玉の間は、都が縫った細い線で閉じていた。毛布の方だけを引いた。
「割る前に、俺の服、ほどくなよ」
「まだ月、来てないです」
僕は自転車へ乗った。角を曲がると、源さんの声は聞こえなくなった。
家では卵焼きが残っていた。明日の分か聞くと、あんたの分、と母が答えた。朝より固くなっていた。