箱の外で待ち合わせ

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CHAPTER 06 / 19

第六章 受取人の署名

日曜の七時半、箱は劇場の裏口へ出ていた。
 蓋の字は『食器』だった。畑野さんが紙を渡した。廃棄する衣裳、台本、布。詰めた人の名前は畑野さんだった。
「もう一つは?」
「昨日、小鈴たちが。今日の会場へ。大きくて、二人とも階段、一段ずつだったって」
 僕は狭い手掛けへ軍手を入れた。板の端が爪に当たる。畑野さんが反対側を持ち、本が下へあるから重いと言った。
 車輪が段差へ引っ掛かった。二人で持ち替え、荷台へ上げた。蓋と箱へまたがる三本のテープを撮った。欠けた車輪も。
「源さんは」
「小鈴の方へ行くんじゃないかな。昨日、箱を持って行く話をしてたから」
「月が十一時半です」
「そっちが先だったね。戻ったら電話してみて」
 東倉庫では畑野さんが先に着き、シャッターを開けて待っていた。下ろした位置を撮り、署名をもらった。奥の棚には、前の台本がまだ積まれていた。
 会社へ車を返すと、原田さんから電話が来た。
「東で火が出た。さっきの所だ」
 僕は下ろしたばかりだと答えた。誰か中にいたかと訊かれ、畑野さんの名前を言った。二度目の電話で、本人が外にいると聞けた。
「箱、消防の人が見るから。そっちは先に月を頼む」
 写真を消すなと言われ、いったん家へ戻った。父の洗った顔から水が落ちていた。
「飯は」
「あとで」
 母が残したパンを一つ取った。

 十時四十分、ルカから電話が来た。
「都、来てる?」
「僕、まだ劇場に着いてない」
「俺、小鈴の会場の前。まだ開いてない。都、来てないんだよ。昨日も帰ってない」
 都の名で九時十八分に届いた文を、彼が転送した。少し考えたい、連絡しないで、とあった。
「源さんはそっち?」
「凪も聞いてる。劇場、いないの?」
 劇場の裏口へ着いて、僕は自分の鍵を出した。作業室の戸は開いていた。長椅子は空で、替えの白いシャツが背へ掛かっている。棚と型紙は都の言ったままに残っていた。
 小鈴が読む紙はなかった。台の上の短い紐だけが、鉛筆の下へ入っていた。
 僕は源さんへ電話した。鳴る音はここでは聞こえなかった。
 月を受け取る人へ、少し待ってほしいと連絡した。そのあと、借りた会場へ向かった。

 小鈴が借りた部屋は、北品川の小さな建物の二階だった。ルカと凪は下で待っていた。ルカの電話は、そこで掛かって来たのだった。
 入口の女の人は箒を片手に持ち、二階の鍵を壁の箱へ掛けていた。小鈴が鍵の人と呼んでいた人だった。
「部屋、十一時からね。荷物は先に見てもらっていいから」
 凪が、小鈴の午前の司会はまだ終わらない、と言った。

「源さん、返事ないですか」
「劇場にはいない」
「昨日、ここへ来たんです。箱も一緒に。源さんは助手席で」
「靴、ないよね」
「ルカさんの作業用、借りて。車の所で履きました。箱は空だったんで、二人で階段、上げて」
「八時三十八分。源さんはこっちで待つって。俺、新しい後半を取りに戻って、小鈴さんは車を返しに」
「じゃ、ここにいたんだね」
「でも、四十二分、劇場にもいた」
 凪は八時三十四分に来た文を開いた。小鈴の三分と彼の後半を、続けて二人の名で出すか。九時までに返事するよう求められていた。
「作業室の中。白い背、机に向いてた。俺、段ボール避けて行ったら、肩が机の方へ寄って。先に戻ったんだって」
「話せた?」
「声、掛けなかった。もうちょっと待ってって言われると思って」
 僕が最後に見た背は薄茶色だった。
「俺、その時、工藤さんとこ」とルカが言った。
 ねじの返却の控えを出した。八時半から四十八分まで店にいて、そのあと会場へ来たという。
「五十分過ぎ、源さんと台のこと、話した。靴も返してもらって。俺は車へ戻って、電話してた」
「俺が戻ったの、五十三分です」と凪が言った。「源さん、いなくて」
 僕は階段の上を見た。二階の戸はまだ閉まっていた。
「ルカは、帰るところ、見た?」
「見てない。九時から工藤さんと映像で。八分に向こうが入って、二十分まで。待ってる間も工具、出せって。右の手まで出せって言われて、車の中で」
 ルカは工藤さんから来た接続先を見せた。工藤さんが初めから残して、名古屋へ渡す。僕が停めた場所を訊くと、会場と反対へ二つ角を曲がる駐車場だと言った。
「終わってから戻った。階段、急いだら、こっちで凪が読んでて」
「借りた靴も返してあったんで」と凪が言った。「帰ったんだと思って」
 凪は紙を二枚揃えた。昨夜ここで読んだ、彼の後半だった。
「俺が戻る客をやったんです。最初、ルカさんに聞いてもらって。息を切るとこ、もう一回」
 ルカが頷いた。源さんへ掛け直すために戻ったが、凪の一行を聞いたという。九時半に、凪が会場の鍵を返した。
「箱、開けた?」
「開けてない。明日、小鈴さんが冷蔵庫にするので。源さんの紙も、ここへ入れるって言ってたから」
 畑野さんが入口へ来た。紺の上着だった。土曜の灰色の服は着ていなかった。火事の話をするため警察からまた呼ばれるが、その前に源さんへ連絡したいと言う。
「ここに来たんですか。昨日」と僕は訊いた。
「来てない。ひばりへ都を送って、岸さんと電話して、そのあと劇場へ」

 僕は時計を見た。
「十分早く、いいですか。月の人が来るんで」
「じゃ、いま開ける。昨日の荷物、先に見てね」
 彼女は箒を立て、鍵を取った。凪が携帯を横にした。
「置く所、ここから撮ります。階段も。小鈴さんが来たら、また直すんで」
 僕は先に二階の戸を押した。開かなかった。鍵の人が回して、手を外した。
 黒い長箱が壁へ寄っていた。『旅箱』の蓋が上に載り、毛布の上から二本の縄が蓋を横切り、長い側板を押さえて底へ回っている。片方に「冷蔵庫・小鈴」と書いた紙札があった。机の前には一脚、別の椅子が残してあった。
「昨日もこれだけ出してた。これ、借りる数に入れる?」
「それも八脚のうちです」
 凪は低い棚へ携帯を置いた。箱の上と、倒す側板の端まで同じ画へ入れ、手を離した。僕は窓から椅子を退けた。ガラスの脇を押したが開かなかった。
 鍵の人が上の小さい換気口の紐を引いた。冷たい空気が頬より上へ通った。
「源さんも、窓、開けようとしてました」と凪が言った。「昨日、ここまで見てなくて」
「これ、上だけ。下は開かないのよ」
 鍵の人は下へ戻った。
 ルカが畳んだ椅子を二脚運び、凪は頁の順を直した。僕は月の人へ、もう少し待ってほしいと送った。
 凪が箱へ掌を置いた。
「これ、開けたいんです。源さんが紙も一緒に入れるって言ってたんで」
 今日は冷凍庫の役になる。上ではなく、長い側の板を手前へ倒す。凪が輪を引くと縄がほどけた。紙テープを巻いた四つの端が、床へ落ちた。畑野さんが蓋を持った。
 僕は蝶番のある下へ手を出した。金具が一つ、内側へ戻っていなかった。
「押さえて。板、倒れるから」
 凪が上の縁を持つ。僕が留め金を外した。
 ルカが凪の前を通り、窓側の短い板へ回った。
「歩、一歩引いて。板、倒れる」
 僕は入口側に出した靴を退けた。板の倒れる所だと思った。
 布が板へ当たった。薄茶色だった。
 白い靴下が二つ見えた。靴は履いていなかった。
 源さんの顔は、窓側の短い板のそばにあった。閉じた目の上へ、眉の毛が一筋下がっていた。

「源さん」

 畑野さんが箱の端へ膝をついた。僕も続き、肩へ手を伸ばしかけた。どこを持てばいいのかわからなかった。昨日は、触る前に自分でできると言った。

 ルカが一一九番へ電話した。

「長い箱の中に人がいます。服に血。呼んでも」

 向こうの返事を聞き、僕へ胸を見るよう言った。僕は見たが、動いているのかわからなかった。そのまま答えた。

 ルカは携帯の音を大きくした。床へ出すよう言われ、畑野さんが肩の下の布を持った。上着は右肩から脱げかけ、背の布が毛布の端と一緒に側板へ折れ出ていた。僕は腰の下へ両手を入れた。源さんを箱の開いた側から、すぐ下の床へ移した。背の下の毛布が赤黒く濡れていた。仰向けにしようとして、曲がっている腕が床へ当たった。

「腕、伸びない」

 僕は源さんの袖を持った。肘のところが動かなかった。首の横へ手の甲が触れ、冷たかった。

 ルカがそのまま電話へ伝えた。僕は相手の言う胸の位置を探した。畑野さんが上着の前を開き、手を置いた。

「ここ。歩、ここ」

 畑野さんは僕の手を引いた。押すと、思っていたようには沈まなかった。少しでも動かそうとして、僕のほうの肩が痛くなった。

 ルカが数えていた。胸が動かない、腕も、と電話へ話す間は、僕が数えた。途中で、次の数が出てこなくなった。

 昨日は椅子から立つ源さんへ肩を貸した。立った直後にまた工具を拾おうとしたので、僕は肩を離せなかった。

「源さん、返事して」

 畑野さんが声を張った。僕の耳元でもう一度、同じことを言った。

 凪は壁へ下がった。窓の下に置いた携帯の画面が、明るいままだった。

 榊さんの声が会場の入口でした。

「劇場にいらっしゃらなかったので、こちらへと」

 ルカがこの建物の名前を言い、救急車を案内してほしいと答えた。僕は胸を押した。月を受け取る人へ、まだ電話をしていなかった。

 救急隊の人が僕の手を止めた。

「こちらで確認します。いったん離れてください」

 僕は膝を動かせなかった。ルカに腕を持たれ、廊下へ出た。掌のつけ根が痛かった。畑野さんは戸のところへ残った。

 そのうち、隊員の一人が出て来た。

「救急車では、お連れしません。警察へ引き継ぎます」

「車、来てますよね」

 ルカが言った。隊員は、源さんに死後の変化があると説明した。腕や胸の硬さも、そのためだという。僕は戸の中を見た。源さんの胸へ手を置いている人はいなかった。

「僕、まだ押せます」

 僕は両手を見せた。返事を聞く前に、ルカが僕の手首へ触れた。

 月を受け取る人から電話が来た。もう近くまで来ていると言われ、今日は渡せなくなったと伝えた。相手は、二人とも聞いているので大丈夫、と答えた。戻れるところで、と、車の人へ話していた。

 サエさんは三度目の電話で出た。

「いま、バス。靴、できた」

「源さんが、倒れて。救急の人が、来て。まだ、ここに」

 返事はなかった。停留所の案内が聞こえた。

「待ってて」

 彼女が電話を切った。

 入口の外へ椅子を出してもらい、座った。ルカは都の姉へ電話している。凪は段差に座り、携帯を自分の靴の上へ伏せていた。

「消してない」

 僕が見ると、凪が言った。

「置く所を撮ってた。入る前から、止めてなかった」

「消さないほうがいいと思う」

 彼はうなずいた。警察官が近づくと、先に画面を差し出した。

 畑野さんが建物から出て来た。源さんの家族へ連絡するため、番号を探していた。僕は自分の携帯を開いた。朝の箱の写真があった。蓋の字、テープ、車輪、灰色の床。

 電話が鳴った。原田さんだった。

「いま、どこだ」

「小鈴の会場です。源さんが、救急の人に」

「人、いるな。警察は」

「来てます」

 僕は朝の火事を警察へ伝えていないことに気づいた。原田さんは、先にそれも話せと言った。

「東は、火、消えた。おまえの下ろした場所も、これから聞かれる。伝票と写真、こっちは残してるから」

 僕は画面から目を離した。畑野さんは源さんの家族の番号を探していた。箱の受取人の名前は、朝、目の前で書いてもらった。

「いまから行く。そこに、いろ」

 原田さんが電話を切った。僕は携帯を持ったまま、警察官のほうを見た。

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目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名読書中
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角
  9. 09聞いていた人
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

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