箱の外で待ち合わせ

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CHAPTER 04 / 19

第四章 帰ってから

畑野さんは五時半に戻った。ひばりへ壁を入れ、日曜には二つ椅子を使いたいと頼んだが、もう処分してしまったと言われたそうだ。
 都は灰色の服を持って待っていた。

「先に一回だけ。源さん、電話のところをやりませんか」
「今着たら、もう脱いでもらうよ」
「一回だけ。ね」
 源さんは月の紐を台へ置いた。
「都、まだ測るか」
「今から。着てもらったらね」
 畑野さんは灰色の服へ腕を通した。
「都。一回で終わるから」
「終わったらすぐ脱いで。椅子に引っ掛けないでね」

 僕は客席から椅子を持ってきた。源さんが座り、後ろへ体重をかける。脚が一つ浮いた。

「歩、これ俺を落とすやつか」
「そこまで考えてなかったです」

 ルカが畳んだ紙を脚の下へ押し込んだ。源さんがもう一度揺れてから、いいぞと言った。
 凪が携帯を立てた。

「撮ってもいいですか。都さんの説明も頼まれてるんで、同じのに入っちゃうけど、あとで分けます」
「終わってからでいいよ」と畑野さんが言った。

 凪は源さんも見た。源さんが掌で腹を撫でた。

「痩せて見えるほうから頼む」
「どっちですか」
「俺が聞きてえ」

 都が吹き出した。畑野さんは紙を膝に伏せ、右の手を耳へ当てた。

「もしもし」
「そっち、雨か」
「まだ。窓が閉まらなくて」
「雨じゃねえなら今直せ」
「あなたが帰るまで」
「帰るって言ったか」

 畑野さんの手が耳から落ちかけた。源さんは黙って待った。
 僕は棚の荷物を数えながら聞くつもりだった。二つ目の箱に手を置いたまま、動かせなくなった。
 畑野さんが紙へ目を落としかけ、源さんを見た。

「言わなかった。まだ待ってる」
「じゃ、閉めんな。俺は戸の鍵を持ってねえから」

 凪は画面を見ず、二人を見ていた。都が彼の袖を引いて、携帯を指す。

「あ、まだ回ってる」

 畑野さんが息を吐いた。

「終わり。もうない」
「尻が痛え」

 源さんが言った。畑野さんは椅子を持ち上げようとして、止まった。

「源さん、立って」
「運ぶんじゃねえのか。俺ごと」
「重いでしょう」
「言うなよ」

 僕も椅子へ手を出していた。源さんが立つと、急に軽くなった。足元の工具へ屈もうとしたので、僕は肩を貸した。まだ持ってろ、と言われ、彼が道具を取り終えるまで待った。

 源さんは畑野さんの紙を取った。折り目を膝で伸ばし、自分が黙って待った行へ指を置いた。
「明日、ここから、もう一回」
「ひばりで? 三浦さんも来るって」
 畑野さんはまだ椅子の背を持っていた。
「月を出してから行く。向こうに椅子あったか」
「借りられなかった。ここから二つ持ってく」
「じゃ、俺のはガタつかねえやつだ」

 ルカが紙を抜いた。源さんはそれを靴で踏みかけ、避けた。

 都が灰色の袖を裏返した。肘の内側に濃い所があった。

「これ、前から?」
「染めた時に片方だけ足りなくて。洗っても、もう落ちなかった」
「じゃあ写真に残す。月曜の面談へ、これ着て行くの」
「短くすれば。服は何でもいいって」
「何でもいいのに、これなの?」

 畑野さんは袖を見て笑った。都はまだ笑わず、寸法を測った。
 白い札には公演と役の番号があった。その下の細い布を、彼女は袖の裏から出した。

「借りた所の札。ここ、切らないからね」
「短くする所じゃないでしょう」
「札切ったら、返す時、困る。袖、上げて」

 都が凪を呼び、袖の裏を撮ってと頼んだ。彼女は畑野さんの腕を横へ開かせ、布を一度戻した。
「ごめん、こっちから。いまの所も、あとで見せる」
 凪は止めずに、二人の手の方へ携帯を寄せた。札を出した所でも待っていた。
「そこまで。知り合いへ送る。来週、片方だけ手伝ってもらえるか聞くから」
 凪が都へ送ると、長すぎて分からないかも、と畑野さんが言った。
「私が戻してる所も要る。どの袖か、向こうで混ざるから」
「左袖って入れときます」と凪が言った。
 都に宛先を読んでもらい、袖の方だけを送った。しばらくして、向こうから金額を出せると返事が来た。
「使えるって。ありがと」
 都は針を戻した。凪は画面を閉じ、焼き菓子の包みへ指を出した。中身はもうなかった。
「俺、まだ一個あると思ってた」
「さっき食べたよ」と僕が言った。
「じゃ、あとで買う。まだ食べたい」
 畑野さんが笑いかけた時、携帯が鳴った。片腕だけを下ろした。

「はい、届いてます。日曜にお渡しする。台も、引出しも一式で」

 都が測る方の腕を上げ直させた。

「岸さん、源さんの番号はありますね。でも先に僕へ。積むのを手伝う人も呼ぶので」

 電話を切ると、畑野さんは画面を都へ向けた。

「入った。こっちを先に払える」

 彼は別の番号へ掛けた。来週、鍵を受け取る日に布団を入れてよいか聞いていた。
「最初の分、今日送ります。源さんの方は明日渡してから」
 都が測る手を止めた。
「台の代金、いま入ったって言った?」
「そう。引出しも一緒に。明日、受取りをもらってから」
「源さんの台でしょう」
「先にこっちを済ませれば、次の仕事から払えるから」
 畑野さんは電話へ戻り、都は袖の寸法を書いた。金額の欄へは書かなかった。
 源さんが作業室から顔を出した。

「今の、何を渡すって?」
「台です。ひばりへ置く話と一緒に。あとで紙、持って来ます」
「引出しは開けるぞ。工藤の部品も入ってる」

 畑野さんは携帯をしまった。都が袖をほどくと、鋏の先の布が一度跳ねた。

 流しの脇で僕は葱を洗った。畑野さんが顔を洗い、袖で顎を拭きかけた。食器の布巾を渡すと、違う、と笑って、事務所から白いタオルを持ってきた。

「来月は何するんですか」
「夜の受付。荷物の車が来たら鍵を開けて、誰が受け取ったか残す。歩の仕事と反対側だね」
「決まった?」
「月曜にもう一回会う。三浦さんが紹介してくれたんだ。明日、閉まる前に見たいって、ここにも来る」

 彼が棚からどんぶりを下ろした。僕も重なった端を持った。

「源さんと、明日もやるんですか」
「やれたら。今、やるとこを忘れるんだよね。でも待ってくれたでしょう」

 僕は頷いた。畑野さんはどんぶりを置き、自分のタオルを段ボールへ戻した。茶碗の包みが引っ掛かって落ちた。
 彼がしゃがみ、薄い花の絵を確かめた。

「母親が持ってけって。服を下に入れれば割れないから」

 コップには使いかけの歯磨きが立っていた。僕が最初に泊まった晩にもあった気がした。
 鍋が煮立ち、僕らは流しへ戻った。

 サエさんが金の布を袋へ入れた。半分だけでも椅子には大きいというので、全部なら、と源さんが言った。

「ソファが二つある」
「持ってけ」
「こんな色、誰が選んだ」
「俺だ」
「そう。ちゃんと嫌な色」
「欲しかったんだろ」
「欲しかった」

 僕は箱へ紐を掛け直した。源さんが折畳みナイフで端を切り、刃を畳んで作業台へ戻した。
 サエさんは源さんの靴を直してくれる。彼が片足を入れると、今日は脱いで、と紙袋を出した。

「来月使う」
「来月までに直す。だから脱いで」

 タクシーへ金の布を積む間、靴はサエさんの膝にあった。日曜の朝、受け取りに来られるか訊かれ、源さんは十一時にはいると答えた。
 車が出ると、畑野さんが毛布の袋を自分の車へ入れた。
 厚い廃棄袋を買うと言って、また出た。都が時刻を見た。六時を過ぎていた。

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目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから読書中
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角
  9. 09聞いていた人
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

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