僕と小鈴が外へ出たあとも、凪は話した。
その夜のことを、僕は後から聞いた。袖を引いたこと、源さんが救急へ掛けろと言ったこと。掛けた記録はなく、源さんの携帯は箱の底へあった。
凪が述べた夜を、残った声、服、箱の状態と合わせて聞いた。源さんの動きや、明日なら録れると思ったという所は、録画を止めたあとの凪の話だった。
九時四分の電話が終わると、源は携帯を机へ置いた。凪は低い棚の録画を止めた。持主の声は二回、そこに残っていた。
「俺、先に客をやります。ここから」
源は椅子へ座り、紙を膝へ伏せた。
「来いよ」
凪が客の場所へ立つ。源が扉を開ける手を上げた。
「冷蔵庫、まだ」
声が切れた。凪は次の行を探した。源の手が紙の向こうにあった。
「待ってるよ」
凪は一枚戻し、息を吸った。源も手を少し下げて戻した。もう一度最初を言おうとすると、さっき言った行が目に入らなかった。
「そこ。客は、まだ戸の外だ」
源が膝の紙へ指を置いた。凪の行だった。
凪は紙を見た。源の指があるところから言えば、つながる。それでも声を出す前に棚へ戻った。
「先に、二度目の方からにしてください」
自分の携帯で声を出した。源が、凪の書いた最後をゆっくり読む。画の中では紙を見ていた。
源は紙を机へ伏せ、立って椅子の座面を上げた。
「おまえの続きは、二回読んだろ」
「俺のは、今、録ってないんです」
「俺が座ってたのは、おまえが来るのを待ってたんだよ」
凪は撮る方へ替えた。低い位置では、立った源の顔が入らない。本を二冊重ね、携帯を載せた。源はその前へ椅子を持って出た。
「それ、下ろして。一回だけ」
「片づける。歩く所、空けろ」
凪が右袖を掴んだ。椅子から手を放してくれれば、座った方へ戻せる。源は椅子を床へ下ろし、袖を持つ指を外した。
「離せよ。袖、また取れる」
凪の手が空いた。
「明日、おまえからやれ。俺が座る前に」
「小鈴さん来たら、三分からじゃないですか」
「その前に来い。月を出して、俺も行く」
源は椅子を壁へ運んだ。
「俺の片づける方も、まだ紙がねえ。明日、小鈴に聞く」
凪は再生を選んだ。源が座って次を待つところで止めた。その座る所だけもう一度録れば、二度目の最後へ自分の客を入れられる。画面を顔の方へ戻すと、椅子の座面がそれを隠した。
「背、向けないで」
源の右肩へ手を置いた。身体を棚へ向けようとすると、源は手を払った。
「肩、放せ。もうやらねえって」
椅子の脚が壁へ着いた。
凪は棚へ戻らなかった。箱の天板から、折畳みナイフを左手で取った。刃を開いた。
「源さん、止まって」
源は振り返り、ナイフを見た。
「それ、置け」
凪は手を下げた。天板へ戻すには肘を少し伸ばせばよかった。柄を持ったまま、右手で椅子の座面を下ろした。
「今も、ここ、空いてます」
「ナイフ置くまでやらねえ」
源は机に残った続きの紙を見た。
「明日はおまえから。月を出したら、俺、座って聞く」
凪も紙を見た。二度目の最後へ、爪の跡があった。明日には録れると思ったという。左手は空かなかった。
右手で紙の端を揃え、源へ向けた。源が取れば、読んだ顔をまた撮れる。
「ここ、まだ戻せます」
源は紙を取らず、机の脇へ足を引いた。
「離れろ。人、呼ぶぞ」
自分の携帯へ手を伸ばした。
凪は紙を離し、右袖をもう一度掴んだ。
「もう引くな」
源が袖を払った。右肩へ手を置き直すと、源は肩も引いた。その手の先に携帯があった。
凪は右の後ろへ一歩寄り、左の肘を引いた。柄を握り直した。
動く背へ刃を入れた。
源が壁へ手を出した。椅子が傾き、凪は空いた右手でそれを掴んだ。刃を抜くと、源は箱の横へ膝をついた。
「電話。凪」
椅子を壁へ戻した。ナイフを天板へ置き、棚から自分の携帯を取った。録画の一覧に、源の顔があった。二度目を開いて、最後を探した。
「救急、掛けろ」
床から声がした。携帯の中では、源はまだ紙を読んでいた。
「待って」
源が机の脚を持ち、自分の携帯へ手を伸ばす。凪が先に取った。
「それ、置け。そっちで掛けろ」
凪は二つ持っていた。どちらからも呼出し音はしなかった。自分の方の声が終わると、もう一度、最後へ戻した。
源の携帯は箱の上へ置いた。
凪は自分の続きの紙を天板で裏返した。ナイフの刃を畳んで包み、源の原稿も、携帯の隣へ移した。
「ここ、入ってもらっていいですか」
床へ訊いた。
源は返さなかった。
天板の毛布を取った。腕の下へ差し、肩を返そうとすると、上着が右から外れた。身体は持ち上がらなかった。
毛布を広げ直し、肩と腰を別々に返して下へ通した。足を載せてから側板を倒す。低い斜めの面が出来た。箱の底までは、掌一枚ほどの高さだった。
頭を窓側へ残し、そちらの毛布をまとめて引いた。肩が動く。足は板の端に残った。いったん放し、両足を板へ戻してから、頭の方へ回った。
箱へ背を向け、少しずつ引いた。肩が底へ入ると、上着の背は毛布と一緒に側板へ折れ出た。
着せ直さなかった。源の携帯と原稿を底へ置き、包んだナイフも入れた。
側板を上げる。留め金が一つ掛からない。布を避けようとして下ろしたが、毛布を引けば源の肩まで動いた。
一つだけ留め、底を通っていた縄を取った。源が解いた所で結び、もう一本も同じ所まで引いた。余った毛布を上へ掛けた。
薄茶色の端は縄の下へ残った。
棚の本を戻した。源が読んだ低い位置へ携帯を置き、二度目の最後を聞いた。客の場所は空いていた。
鞄から写しを出した。椅子を机の前へ戻した。
九時二十一分、録画を押した。閉じた箱と空いた椅子が画に入った。客の最初を言う。続けようとすると階段で音がした。
ルカが入った。
「工藤さん、まだ源さんに掛けたいって」
「帰りました」
「映像、長くなって。右も見せろって言われたから、車の中で」
ルカが携帯をしまった。凪は写しを椅子へ置いた。
「最初だけ、聞いてください。そこ、もう一回」
ルカが座ると、凪は戻る客の最初へ戻った。棚の数字が進んでいた。
一度目を言った。ルカが返事をしたので、同じ所からもう一度言った。二度目には、息を吸う場所が違った。
「紙、顔が隠れた」
凪は少し下げ、最後まで言った。鍵の人に呼ばれても言い直さなかった。ルカを待たせ、九時半に鍵を返した。
下へ出てから、二度目の源の最後をもう一度聞いた。そこは消さなかった。