昼御飯は凪のおにぎりだった。
鮭が一つ潰れていた。凪はそれを自分の前へ置き、多く買った一個を持ち上げた。
「食べる人」
ルカが手を上げた。
「さっきも食べてた」と小鈴が言った。
「まだ昼、食べてない」
「あれは?」
「都に半分返した」
都は携帯の文を送り、ルカの前のおにぎりを見た。
「返された半分、まだ袋にあるよ」
「じゃ、あとで」
凪がおにぎりを渡した。都も包みを開け、携帯を紙の裏へ伏せた。
食べ終わると、僕とルカは舞台の壁を畳んだ。青い板が三枚、蝶番でつながっている。真ん中には窓があった。
「右、持てる?」
僕は下の枠へ両手を入れた。ルカは壁に身体を寄せ、右手首を曲げずに脚のねじを外した。
「代わる?」
「これだけ。もう回った」
ねじが抜けた。僕が右の板を畳むと、裏の桟が引っ掛かり、ルカの袖へ角が来た。
「逆。いったん戻して」
戻す間に左の板もずれた。凪が携帯を机へ置き、端を押さえた。
「三人いる壁だな」
「俺が左持つ。歩、右、戻せる?」
ルカが凪の手の外を持った。僕は左を内へ畳み、右を外へ重ねた。さっきよりずっと薄くなった。
窓は見えなくなった。向こうから顔を出す役だった僕が、ルカの方を向いていた。
「今、撮れた?」
「止めた。逆にした方だけ」
凪が画面を見せた。開こうとしている僕の手に、板がまたついてきた。
小鈴が身を寄せた。
「これ見て、明日、畳める?」
「俺が先に挟まる」
凪は携帯を下げ、ルカの手へ画を合わせた。
「一回、開いて。左から、そこ、止めないで」
僕らは戻した。今度は脚を抜くところから、畳み終えるまで撮れた。凪が再生すると、ルカが、ここは毛布を敷いてから、と床を指した。凪は映像へその文を付けた。
窓の左下に三日月形の傷がある。先週、凪が椅子を当てた所だった。
「源さん、直さなかったんだ」
「貧乏な部屋だからって」
「俺のせいで部屋が貧乏になった」
「最初から」とルカが言った。
畑野さんが裏口から見ていた。
「それ、ひばりへ入れる。大家さんが四時半に開けてくれるから」
ルカは先方の床を出した。白と茶色の小さい四角、理容椅子を外した丸い跡。僕は桟へ段ボールを二重に当て、車へ壁を積んだ。脚二本は別に束ねた。
「立てるなら、こっちも」
畑野さんが脚を取った。
「寝かせた方が場所、空きますよ」
「うん。でも日曜に使いたい。そこまで借りる」
「月を入れる方?」
「月は、向こうの人」
彼は脚へロープを掛けた。
都が紙を持って来た。
「出る前、三分あります?」
「資材屋も寄るから、帰ってからでいい? 五時半。六時には」
都は携帯へ時間を入れ、紙を折り直した。車が出ると、舞台へ戻った。
蓋を外し、灰色の上着を箱へ入れた。肩が区画から出た。
「これ、衣裳は入れづらいですよ」
「畳め」
源さんが作業室から言った。都が上着を取って裏返した。僕の見ていた肩が下へ入った。
「捨てるの?」
彼女は襟の札を出した。源さんが首を振った。
「俺のじゃない。畑野に訊け」
「ああ。これ、月曜に着る方」
都は服を自分の机へ掛けた。舞台の札を袖の裏へ入れ、腕をひっくり返す。
「衣裳で面談へ?」
「向こうは知らないからって。少し短くする。返事もらってないから、まだ箱に入れないで」
僕は蓋を閉めかけて手を止めた。
都は左袖を携帯へ寄せた。三つ残る仕事を誰かへ頼むため、裏を見せて額を聞くという。畑野さんが帰ったら着てもらって、もう一度撮る。凪は袖を支え、布が戻るところも要るか訊いた。
「要る。どっちの袖か、分からなくなるから」
彼は携帯を取った。都が、着てから、と袖を戻す。凪は机の前を空け、塗料の缶へ戻った。
隣の箱も開け、蓋を二つ並べた。『旅箱』の中は四つに仕切られ、『食器』の方は空いている。僕は会社へ送る写真を撮った。源さんが缶をどけ、小鈴の持った蓋を裏返す。
「指、そこ。下へ入ってる」
小鈴が持ち替えると、源さんは彼女の指が抜けるまで端を持った。二つの金具が合った。
「同じの四つ、工藤から来る。返事が来たらな」
「来月、台に要るんだよ」
凪は、もう写真と違った、と言った。都は二枚撮り直し、連絡グループへ送った。僕は蓋の字と仕切りを一枚へ入れた。四区画の方が『食器』になった。
「明日のは食器って言えばいいか」
僕が手掛けへ指を入れると、爪へ板の角が当たった。
「そっち、狭い」と凪が言った。
隣の箱は掌が入った。僕は持ち上げかけて、止まった。
「あ、こっち、違う。持てる方、取っちゃった」
「俺、狭い方って送っとく」
凪が携帯へ打った。源さんは仕切りを揺らした。板は両側の角材から動かなかった。
「皿、割れるから入れたんだ。持てないほどは出してねえよ」
僕は指の場所をずらした。今度は持てた。
凪が空洞の箱へ腰を下ろしかけ、源さんに立てと言われた。僕が蓋を戻すと、源さんは縁を押した。
「そこまでなら座れる。足は載せんな」
凪が座った。中へ響いた。
「船の役、覚えてる?」と小鈴が訊いた。
「船は役じゃない」
「船長」
凪は立って、足を乗せかけた。
「塗ったばっかりだぞ。横、開けろ。乗る方だ」
僕は長い側の留め金を二つ外した。側板が床へ着き、箱の底へ低い斜めの面が出来た。凪はそこから入り、膝を伸ばした。
会社の欄へ内側の数字を入れた。長さは二メートル近く、幅六十五、深さ五十五。靴の先にも余った。仕切った方には、この戸がなかった。
「今度これ、冷凍庫にしたい。源さん、入ってくれる?」
「俺を冷やすのか」
「出て来る台詞もあるよ」
「そっちを言えよ」
凪は外へ出た。靴を板に引っ掛け、源さんへ足元を指される。留め金を掛けてから、客席の方を向いた。
「この先、何にもないぞ」
小鈴が腹を抱えた。
「それ、あなたのじゃない。向こうの人」
「こっちでしたっけ」
「こっちはまだ見えてねえんだよ」と源さんが言った。
凪は顔を反対へ向け、同じ台詞を小さく言った。僕はさっきよりも、前の芝居を思い出した。
小鈴のチラシに、僕の名前があった。
「三人で読むの。物を取りに来る客、そこだけ」
「僕、出るって言ってない」
「短い所」
「短くても速くなる」
「じゃ、急いでる人」
「まだいないです」と凪が言った。
小鈴は僕の名へ鉛筆を引いた。冷蔵庫を自分が読み、持主は凪が読んでいた三分。僕の客の用事は空いていた。
「聞きには来る?」
「行きたい」
「じゃ、そこにいて。人数減ったら割り直し」
会場費を八人で割ると端数が出た。凪が五円多く出すと言い、小鈴はまだ全員来るか分からないと消した。
源さんが三分の二枚を取った。
「俺がいない」
「来るんですか」
「読む方」
小鈴は凪を見た。凪は持主の紙を源さんへ向け、裏の方から自分の白い紙を抜いた。
「じゃ、そこ、お願いします」
源さんが僕の頭より上へ手を上げた。
「こいつの高さで待たせんなよ」
「身長の役じゃないです」
青い壁を外した所に、椅子が二脚あった。僕が一つ寄せると、源さんは空いた幅へ出た。玄関で荷物を待つ二人がこちらを向いた。
「この先、何にもないぞ」
源さんが、さっき窓だった所を見る。玄関の人も見る。奥は畳んだ板だった。
「じゃ、荷物どこへ置くの」
僕が言うと、源さんは笑った。
「空いてる所へ置け。客の方、先にどけんなよ」
二人も笑った。小鈴が紙を戻してもらおうとすると、源さんは胸へ寄せた。
「最初からやる。冷蔵庫、そっちに立て」
小鈴が椅子の脇へ行った。源さんは持主の行を読み、途中で椅子から立った。
「戻る客、ここへ入って来る?」
「一回帰す所から、客席に訊くつもり」
「帰って来なかったら、俺、片づけるぞ」
「書く。その方も」
「そっち長くしてくれ。帰らない奴に俺のやること全部持たせるな」
小鈴は欄外へ丸を付けた。凪が、声だけ録れば、と携帯を出した。
源さんは紙を少し高くした。椅子の脚が箱へ当たったので、片足で寄せた。
「声、立たねえぞ」
源さんは紙を凪へ渡した。凪は携帯へ置きかけ、自分の白い紙の上へ戻した。
「俺の続きも、あとで見てもらっていいですか」
「持って来い。俺の台詞、待てるか」
「練習してからです」
源さんは、月を出したら明日一時に行く、と小鈴へ言った。
「箱は今夜。午前の司会があるから」
「今夜の司会、俺も手伝うんで、終わってから取りに来ます」と凪が言った。
小鈴は箱へ紙を敷き、本を載せようとした。
「本は先に返せ。箱ごと階段へ上げんな」
僕は三束へ分け、二冊ずらして紐の下へ指を入れた。小鈴の控えから三枚の札へ名を書き、挟む。凪が重い二束を持った。
「箱を運ぶ前に返すんだね」
「車を返す所も寄る。今夜しか借りてないから」
小鈴が場所を携帯へ出した。凪は束を下ろし、その隣で道を見た。
源さんが三束を撮った。携帯を台へ置き、工藤と呼ぶ。
「本は先に返す。ねじ袋は今夜、台は明日。箱を下ろしたら俺もそっちへ行く。先に紙、聞いてくれって言われてる」
小鈴が原稿を上げた。
「そっちは私の会場。工藤さん、来ちゃうよ」
「来たら椅子を出せ」
「八人分しかない」
「じゃ、持って来させろ」
凪が笑った。源さんは自分で止め、昼の分、と名を入れた。まだ送らず、画面を暗くした。
畑野さんへ渡す台の寸法も測った。源さんが引出しを抜くと、長い柄が中へ当たった。抜いた所で止め、角度を変えて入れ直す。
「これも持ってくの?」と僕は訊いた。
「工藤のだ。今夜返す」
源さんは引出しを閉めた。小鈴は会場の階段を見せ、凪が椅子を運ぶと言った。僕は片づけが何時に終わるかを訊いた。
源さんの紙は凪の手に戻り、白い紙と別々に折られた。