日曜の夜、凪が僕の水を飲んだ。
「それ、僕の」
「ごめんなさい。俺の、まだ向こうだ」
喫茶店の人が二つ持って来たばかりだった。凪の方は、小鈴が電話に使う紙の下へあった。僕は自分のグラスを彼の前へ戻した。
都の姉から、病院に着いたと連絡が来た。僕は源さんの姪へ会ったあと、またここへ戻っていた。凪も警察から戻った。土曜の映像を渡すのに時間が掛かったと言った。
都の姉の携帯から、袖の映像をこちらへ送ってほしいと来ていた。都が横で頼んでいる、と続いていた。畑野さんから回収された携帯は、まだ返らない。凪は姉へ掛け、都に送る相手を確かめてから、土曜に撮った長い方を開いた。都が布を戻す前から、札を出し終える所まであった。
「これ、残ってたんだ」
「袖の名前つけたんで。向こうが額を出せるって来た方です」
「助かったって、都が」
凪はまだ送らず、返事を待っていた。姉から宛先の確認が来ると、都に見せるよう文を添えて送った。姉から、受け取ったと返事が来た。
「次、また頼まれた?」
「写真、こっちは自分で見たいって。今日はこの分だけ」
小鈴は明日の読み合わせに借りられる部屋を探していた。午前の司会を終えてから源さんを迎えるはずだった。その紙も、鞄にあった。
「明日、誰とやるの」と僕は訊いた。
「月曜の午後、取れる所へ行く。電話してくる」
彼女が席を離れた。凪は黒い携帯を机へ置いた。
「俺の方、金曜の夜に見せるって返事してるんです。小鈴さんにも出てもらうって」
「本人に言った?」
「後ろは、まだ。先に俺が出来たら、言えると思って」
彼は自分の文を開いた。九時までの返事へ、二人で出します、と送っていた。源さんへは九時三分に続きの紙を送った。
「源さん、読んだの?」
「二回。最後、俺が書いたのより遅くなって。そこは使いたいんです」
「九時三分に送ってから?」
「紙は先です。戻ってから渡して、そこで二回。送ったのは、そのあと」
凪が文の前へ写真を出した。昼の原稿の端には僕の指があり、その下はまだ白かった。
「劇場で書き足した方を、会場へ持って戻ったんだね」
「五十三分に。源さん、その紙で読んだんです」
小鈴の九時四分の電話より前に、二回読んでいた。届いた時刻が、読むのを始めた時刻ではなかった。
「源さんがいなかったって言ったのは、いつ?」
凪は新しい後半へ指を戻した。
「ルカさんが来た時には。俺が帰った所、見たわけじゃなくて」
朝は、五十三分に戻るといなかったと聞いた。僕は凪の指の下を見た。源さんの声を撮ったのは、この紙を渡したあとだった。
「その前に読んだ方と、ルカが来た方、続けて見たい」
「前後、警察には渡してます」
凪は音を出さなかった。僕は小宮さんへ、新しい後半を紙で渡した時と、帰ったと答えた時を一緒に確かめたいと送った。誰を疑うかは書かなかった。
店の人が皿を下げに来た。僕の焼き菓子は半分残っていた。持ち帰る袋を頼むと、凪が自分のパンも入れてよいか訊いた。
「別々?」
「はい。こっち、食べかけなんで」
僕は袋を待つ間に、残りを食べてしまった。店の人が僕を見た。
「じゃ、袋、一枚」
凪が笑った。僕も笑いかけ、顔を下げた。小鈴の水は机に残っていた。
彼女から文が来た。月曜の二時半、月曜の四時、木曜の七時。さっき電話で空いていた部屋を、まだ押さえる前の候補だった。
「一番目、僕、行ける」
「俺も」
凪が返事を送ると、小鈴から、四時にするの、と来た。
「あれ。俺、二時半って見たんですよ」
彼は二時半を指していた。送った文は四時だった。
「指、そのまま。打った方、見よう」
「仕事でも、これやったんです」
「その時、直せた?」
「直しました。来る人、一人減ったけど」
凪は日と時間を一つずつ打ち直した。僕が読むと、今度は二時半だった。小鈴が席へ戻り、どっちも空いているから、まず二時半と返した。
「私が冷蔵庫。凪が持主。歩は、物を取りに戻って来る客の方、一行やってみる?」
「聞きに行くって返事した」
「今日は一行も駄目?」
小鈴は三分の二枚を出した。凪の書いた後半は、その横へ離した。
「今日、こっちは読まない。三分だけ。客が何を忘れて戻るか、そこ、まだ空いてる」
僕は紙を開いた。一行目なら短い。凪は持主の紙を机へ置き、扉を開けるふりをした。僕はまだ帰っていなかった。
「もう、戻る人、入ってる」と小鈴が言った。
「あ、最初でした」
凪が一枚戻し、僕も戻した。
「忘れ物です」
一度に言った。小鈴が何を忘れました、と訊いた。次の行を見つけられなかった。
「まだ、探してます」
彼女は僕の鞄を見た。凪も見た。僕は鞄を開けた。二人が待っていたので、閉めるまで少し長く掛かった。
「その鞄、持って帰っちゃう人ですね」と凪が言った。
「今、僕の鞄しかなくて」
小鈴は紙へ小さく書いた。僕の名は書かなかった。
「明日、この客、いける?」
「一回、やってみる」
凪が持主の最初を言った。僕が次へ行きかけると、彼は手を上げた。
「まだ。俺、開けるんで」
扉を引く手だった。僕は待って、続けた。凪は笑い、携帯を見た。画面は黒いままだった。
「今の、また録ってない」
「ここ、喫茶店だよ」
「そうですね」
原田さんから文が来た。明日の僕の便は替わった、連絡の必要な荷はあるか、と訊かれた。
「一回、待って。仕事の返事」
凪は紙を揃えた。僕が月はまだ渡せていないと送る間、パンの袋を内側へ寄せた。
「続き、ここです。忘れたら」
僕が紙へ戻ると、指を置いてくれた。次は僕の顔を見て、最初を言った。僕はその行から読めた。
彼はパンを食べ、水を探した。僕は新しくもらったグラスを遠ざけた。
「そっち」
「また、やった」
凪は空のグラスを持って笑った。僕は店の人を呼び、二つへ水を入れてもらった。
小鈴が二時半の部屋を取った。明日出るかは、出る方で返事して、と凪へ言った。彼は送る前に時間を読んだ。
凪はコピーの店へ寄ると言った。僕は駅へ二歩行って戻った。
「途中まで」
「そっち、帰る方じゃないです」
「知ってる」
信号の手前で、彼はパンの袋から原稿を引き抜こうとしていた。僕が袋を持つと、紙を出した。
「書いた字、言ってくれない時があるんです。源さん。直した方が面白いから、戻してって言いにくい」
「二回読んだ方?」
「そこは好きです。最後、あんなに置くと思ってなかった。俺の最初、入る所なくなったけど」
信号は赤かった。凪は紙の端へ指を置き、袋へ戻した。
青になった。曲がって来る車があり、僕らは待った。
「明日、見ててください。俺、持主の方、止まったら」
「うん」
「撮れてない方も」
僕は袋を返した。彼が一度、僕の方へ顔を向けた。二人で渡った。
家では母が風呂を沸かし直していた。僕は玄関に座ったまま、ルカの電話へ出た。
「都、姉さんがいるから俺は帰っていいって」
「明日の道具は」
「工藤さんへ。名古屋の映像で話したことも、もう聞かれてる。手、見せたくないって言ったのまで」
母が卵焼きを温めるか訊いた。今日はそのままでいいと言って、電話を切った。鞄の客の紙が曲がっていた。濡れていない所へ出してから、靴をしまった。