箱の外で待ち合わせ

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CHAPTER 15 / 19

第十五章 聞こえる方

劇場の戸の前で、凪が止まった。
 小宮さんは中へ入らせなかった。段ボールはもう出してあり、土曜に凪が避けた場所へ紙の箱が置かれていた。長椅子には白いシャツが掛かっている。
「ここから」
 細いガラスが襟より上を切り、袖も見せていなかった。台へ向く人の背に見えた。凪が箱を避けると、白い肩が台へ寄った。
 僕も通った。戻ると肩も戻った。
「俺が動いてたんだ」
 凪は戸へ近づき、源さん、と呼んだ。白いところはガラスから外れた。
 返事はなかった。
 僕は先に戻ったと思ったなら声を掛けてほしかった。掛けても、このシャツは答えない。源さんは二階で凪の紙を待っていた。

 小鈴が受付へ来た。印刷所に後半から自分の名前を抜くよう頼んだが、今日の分は戻せなかった。三千円の控えを鞄へ入れ、僕から少し離れて座った。
 凪は原稿を出しかけ、小宮さんを見た。
「金曜、出来た分を見せるって返してるんです。二回目の声、使っていいか、源さんの姪の方へ聞くのは」
「その件は、いまは先へ進めないでください」
「俺の映像に入ってるんですけど」
 小鈴が鞄の口を閉じた。凪は顔を上げ、原稿を机へ置いた。

 小宮さんが、源さんの上着の写真と、客を撮った画を並べた。縄の下から薄茶色が出ている。
 凪の手は原稿の最初へ行った。僕もさっきまでそこを見ていた。客をもう一度やれば、源さんが見なくなった時の凪が分かると思っていた。
「朝の方、先に見たいです」
 小宮さんが画を替えた。僕は二階の戸を押す前まで戻してもらった。
 戸は開かず、鍵の人が回した。ルカが椅子を運び、僕は窓を押した。凪の携帯が低い棚へ置かれるまで、箱へ届く手はなかった。
 縄がほどけ、留め金を外した。薄茶色が側板と一緒に倒れた。
 僕の手が映った。
「そこで止めてください」
 源さんの腰へ、両手を入れている。
 畑野さんが肩の下の布を持った。毛布は腰の下まで続き、二人で身体を下ろした。右の肩から脱げた上着の背が、毛布と一緒に板へ折れ出ていた。
 僕は画の自分へ手を寄せた。そこを持てば、源さんの腰が載る。服の端だけを引いていたのではなかった。
「その布、夜の方にもありました」
 小宮さんが客の画へ戻した。縄の下に、斜めの隙間があった。
「僕、服だけなら置けるって言いました。朝、そこへ手を入れたのに」
 凪は顔を上げた。
「源さんは帰って、その上着だけ置いたんですか」
「俺が読む方、先に見たら。ここからは言えてます」
 凪が原稿を僕へ向けた。取らなかった。
「服を置いたあと、身体を入れたなら、箱をもう一回開けるでしょう。僕が戸を押す前か、椅子を動かしてる間か」
 小宮さんは画を朝の最初へ戻した。
 そこにはもう、誰かが源さんを持ち上げる手がなかった。戸を開けて椅子を動かす僕らの向こうで、箱は閉じていた。
「夜、鍵を掛けたあとに来た人はいますか」
 僕は訊いた。
「鍵の人が一緒に建物を閉めています。朝も、あなたたちの前で開けた。ほかの部屋を使った人にも聞いています」
 下の窓は開かず、箱を通した戸は一つだった。二階へ戻ったのは凪、そのあとルカ。ほかに上がった人はいないと、小宮さんは答えた。
 凪が帰る所も見せてもらった。ルカは階段で待ち、鍵の人がコンセントを抜く。箱の蓋も側板も開かなかった。小鈴へ部屋を見せる画にも、閉じた箱があった。
 夜の布の下には、もう源さんがいた。

 小鈴が自分の携帯を机へ置いた。
「九時四分は、私と話したよ」
「その前、二回読んだ方は」
 僕が凪へ訊くと、彼は紙の端を押さえた。
「二回目の最後、ゆっくりになって。俺の最初、すぐには入らないんです。でも、そこは、源さんの方が」
「聞いた。昨日、好きだって言った」
 凪は一度頷き、携帯へ手を出そうとした。小宮さんが読む画を開いた。
 源さんは続きの紙を押さえ、二度目の最後をゆっくり言った。昼の紙の下は白かった。凪が劇場で書き足し、戻って渡してから読んでもらった声だ。
 電話が鳴った。
『車、返したか』
 小鈴が返した場所を答える。源さんはまだ読んでると言い、客を先に立たせろと返した。
 小鈴は自分の携帯から手を離した。
「ここ、私。言った場所、同じ」
 小宮さんは電話の前後も切らなかった。源さんが机へ携帯を置く。背の二つの糸玉の間は閉じている。
「ルカは、まだ車でした」
 僕が言うと、小宮さんは工藤さんの記録へ替えた。
 九時からルカが座席で工具を出していた。八分に名古屋の人が入り、図の穴を言う。ルカは顔を上げて合わせ、顔も肩も画から消えなかった。右の手首を見せろと、もう一度言われた。
 途中を飛ばさず、二十分、相手が終わると言うところまで見た。
 あの駐車場から二つ角を曲がり、階段を上がる。降りてすぐ走ったとしても、二十一分の箱へ届かない。僕はその道を小宮さんに確かめ、画の終わる時刻をもう一度見た。
 朝、ルカは源さんの顔より先に窓側へ回った。土曜にそこから出る源さんへ手を貸した、と聞いていた。僕はその話を後ろへ置き、顔の場所を知っていることを先へ出していた。

 客の画へ戻った。九時二十一分。空いた椅子と、縄の下の切れた布。
 一分ほどしてルカが来る。
『工藤さん、まだ源さんに掛けたいって』
『帰りました』
 画の凪が、原稿の最初へ戻る。ルカの返事を聞いて、同じところからもう一度言った。

「君が読む前に、箱は閉まってた」
 僕は凪を見た。
「九時四分、源さんはまだその服で、傷はなかった。電話のあと、帰る所を見たの」
 凪は紙を取った。
「俺が止めました。客をやるから。源さんも、来いよって」
 小宮さんが、電話のあとに止めた録画のことを聞かせてください、と言った。
 凪の指は紙の一行目にあった。日曜の夜にはそこを僕へ向け、続きを見つけてくれた。今も向けた。
「ここ、聞いてもらえば」
「帰った方を聞く」
「帰ってない。俺が」
 小鈴が顔を上げた。
「俺の続き、待ってた。俺が出れば、その後、立つから」
 凪は紙を机へ置いた。源さんが読んだ最後の爪の跡があった。
「二回目、聞いてもらったら。そこまで、作ったんです」
 僕は紙を奥へ戻した。
「今、その客の方は聞けない」
 凪の指が紙のなくなった所へ下りた。
「右の後ろから、背へ入れました。ナイフ、箱の上にあって」
 左の手を見た。
「俺が刃、開いた。袖、引いたら、源さんが。座ってもらう方へ。戻ってはくれなかった」
 小宮さんは、ここからは別に聞きます、と言った。僕と小鈴を外へ出し、凪の携帯を受け取った。

 廊下で手を空けた。凪の紙は中へ置いてきた。
 日曜の夜、僕の水を飲んだ手を思い出した。新しい方を遠ざけると、凪は笑って、空の方を取った。
 ここを出たら水を買うのかと思った。凪の分まで、と思いかけて鞄へ出した手を戻した。
 小鈴が原稿の最初を出した。
「今日、忘れた物の客、面白かったよ」
 僕は頷きかけた。
「でも、こっち見てないのに頷いた所。あれ、私、使わない」
 小鈴は紙を鞄へ戻した。僕の名のある受付の紙は、その下にあった。

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目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角
  9. 09聞いていた人
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方読書中
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

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