警察官が来てくれた。手にまだ携帯があったので、会社からです、と言った。朝、荷物を運んだ東倉庫で火が出た。会社へ車を返したあとに連絡が来た。伝票は会社にあり、自分の写真も残っている。
「その倉庫へ行ったのは、何時ですか」
「八時過ぎ。荷下ろしした写真に、時間が」
僕は画面を見せた。畑野さんが署名する前、箱を四辺から撮ったものだった。
警察官は会社の名前も聞き、原田さんと直接話せる番号を控えた。僕が送ろうとする文まで覗かず、いったん待っていて、と言った。
ルカは別の警察官へ都のことで話していた。
「今朝の九時十八分に、これ。その前、道具を返してから僕が帰って、家にいなくて。ちゃんと電話したんです。帰るって」
携帯を耳へ当てた形の手が、途中で下がった。
「最後に会った時は」
「劇場です。昨日、道具を車へ入れる前。都が事務所へ行く前に」
「会場では、源さんがどっちを向いていたか覚えていますか」
「窓の方。箱から出るって。手、貸しました。靴はもう、返してもらって」
ルカが右の手首を出した。警察官はその話を別の行へ書いた。
「そのあと、都さん本人に会った人は」
ルカが僕を見た。僕は都が事務所から出て来たところから話した。型紙と棚を残してほしいと言われた。電話しながら自転車の前の石をどけていた。最後には畑野さんの車の横へいた。
「乗ったところは?」
「見ました。助手席です。車が出たあとも僕は残って、源さんから毛布を借りました」
畑野さんが近づいて来た。
「僕が、品川駅の高輪口の方まで。駅の前へ寄せた。帰る前に一人で考えたいって言うから、それ以上は」
「どこに停めたか、見たい」とルカが言った。
「うん。地図、出すよ」
畑野さんが画面へ指を当てた。警察官は、その前に順に聞きます、と二人の間へ手を入れた。
僕は一歩下がった。凪が入口の段差から立ち、警察官へ自分の携帯を渡した。今朝撮ったところを、最初から説明していた。言葉が同じ場所へ戻るたび、先ほどより速くなった。
「返してもらえますよね。土曜のも、仕事で使うので」
警察官は、確認して連絡します、と答えた。凪は、土曜の分も渡します、と言い直した。
下で鍵の人が、帳面を開いて話していた。
「受付、終わらなくて。小鈴さんたちの釣銭、まだここ。車に行っちゃって」
小さい封筒を机へ置いた。警察官が昨夜のことを訊いた。
「八時半からは、ほかの部屋は終わり。私、階段の下でこれ、つけてた。戻る人には声掛けるの。こっちの人は、先に上にいるって。あとで、そちらの人が上がった」
彼女は凪を、次にルカを見た。二人が九時半に下りてから、一緒に外へ出て建物を閉めたと言った。警察官はほかに上がった人がいるか訊いた。いないと答え、彼女は封筒を自分の鞄へ戻した。
「今朝も、私が開けたとこから、この人、撮ってた。釣銭渡すつもりだったんだけど」
サエさんは、靴の袋を胸へ抱えて来た。
僕を見るより先に、源さんの名前を言った。戸の中にまだいると伝えると、携帯を出そうとして袋を下げ、そのまま止まった。
「靴、渡しておいて」
僕は両手を出した。彼女は持ち手を離さなかった。
「やっぱり、持ってる。あの人、直したところ、見ないと履くから」
僕は手を戻した。
サエさんは畑野さんへ、家族のいるところを聞いた。姪が劇場へ向かいかけていたと知ると、電話を替わらせてもらうよう頼んだ。袋を両手で持っていたので、畑野さんが携帯を耳の近くへ渡した。
「衣裳をやっていた者です。靴が、ここに」
そこから声が出なくなった。畑野さんは携帯を受け取り、借りた会場の名前と北品川の住所を伝えて切った。
僕は水を買いに行った。凪の分は、いつも買う細い方にした。口の広い瓶は、鞄で蓋が緩むと言っていた。サエさんは冷たいのは嫌だと言ったので、自分で開けた。凪にもう一本渡すと、彼は、いま飲めない、と膝へ置いた。
「買ってくれて、ありがとう。あとで、飲む」
僕は頷き、自分の水を一口飲んだ。
原田さんが来た時には、僕らは向かいの喫茶店へ移っていた。
日曜は休みだったが、店主が扉を開けてくれた。畑野さんが奥の椅子を借り、小鈴へ連絡する人を探した。サエさんは、自分がかける、と袋を膝へ置いた。
原田さんは僕の背後に立った。
「東の話、警察にしたか」
「はい。番号も渡しました」
「向こう、火は消えた。今、入れるか聞いてる。会社の車は、もう戻ってるからな」
僕は、車を返したことだけはちゃんと言えた。
原田さんが隣へ座った。写真を見せようとすると、机に伏せてある僕の携帯へ目を落とした。父へ打ちかけた文があった。
「家へ、遅くなるって入れとけ」
「あとで」
「写真はあとで一緒に見る」
僕は源さんが倒れ、警察へ話すので帰りが遅くなると送った。母にも送った。すぐに返事が来るのが怖くて、仕事の写真へ戻った。
畑野さんは入口で男の人と話していた。僕は見たことがない。薄い鞄を持ち、舞台のほうへ行こうとして止められていた。
「前の職場の三浦さん」と畑野さんが言った。「日曜、劇場とひばりを見たいって、話してたから。劇場で榊さんから、こっちを聞いたんだって」
三浦さんは僕らへ頭を下げた。畑野さんへ、月曜はどうする、と小さい声で聞いた。
「朝の、説明だけは聞きに行く。そのあと、こっちへ」
「無理なら、僕から言うよ」
「行く。先に電話、入れとくから」
畑野さんの声は、電話で搬出を頼む時に似ていた。三浦さんは一度頷き、鞄へ入れた紙を出さなかった。
そのあと畑野さんの携帯が鳴った。源さんの姪だと言って、店の外へ出た。僕らが移ったあと、身体を調べる医師も、源さんのいる会場へ来たと警察から聞いた。姪はそこへ着いたという。
サエさんの電話から、小鈴の声が漏れていた。
「いま、駅。午前の分、終わったから。源さん、靴、履ける?」
サエさんは、来て、とだけ言った。畑野さんが戻り、携帯を持った手を下ろした。
「医師が、確認したって。源さん、亡くなってる」
「いま?」
僕が聞くと、畑野さんは首を振った。
「来た時には、もう」
原田さんが携帯を机へ伏せた。写真はまだ途中だった。
サエさんは靴の袋を隣の椅子へ置いた。凪は自分の靴の先を見ていた。僕も見た。床に、水の瓶の丸い跡がついていた。
小鈴が警察官へ、土曜の九時四分には源さんと話したと伝えていた。返した車の場所を聞かれ、まだ読んでると返されたという。僕は同じ時刻の中へ、源さんの声と、もう動かない腕を置けなかった。
僕は、何もしていない手を膝へ下ろした。