署へ行く前に、原田さんが会社へ電話した。
日曜の伝票と送られた写真を、そのまま保管するよう頼んでいた。最後に、明日の僕の便を別の人へ替えてくれ、と言った。
「出るつもりでした」
「明日の荷は俺が組む。おまえ、今日は乗れ」
彼は携帯をしまった。僕は何を言えばよいのかわからず、車へ乗った。
小宮さんは署の机で、朝、誰から会社の鍵を受け取ったかを聞いた。箱を持ったところからではなかった。
僕は会社へ着き、車を借り、劇場へ行った。畑野さんと箱を積んだ。東倉庫へは畑野さんが先に着いた。入口の少し奥へ下ろした。署名をもらい、帰った。
「シャッターを閉めたところは、見ましたか」
「半分まで。車へ戻っていたので、最後は」
「中へ入った場所を、写真で示してください」
僕は灰色の床を指した。失敗した写真のほうが、床を広く撮っていた。
小宮さんは奥へ行ったか聞いた。行っていないと答えると、僕が立った所を写真へ指すよう頼んだ。入口の脇を指した。
土曜の話へ移った。
凪は原稿を源さんに残し、小鈴の司会へ出た。そのあと源さんは都に札を取ってもらい、上着を着直した。ルカは道具を車へ入れてから、劇場へ戻っていた。
畑野さんと都の車が出たあと、僕は源さんから毛布を借りた。月の人へ数を送った。八時九分だった。源さんとルカは台を下ろしてからも、誰へ何と返事するかを話していた。
小宮さんは、携帯を最後に見たところも聞いた。源さんは台の端へ置いていた。工藤さんのために、引出しを出す順番を録っていた。
「引出しを録った方は、帰る前に源さんが止めました。右二段目って、名前を入れた」
小宮さんの紙には、僕が帰った時の線が引かれた。線のあとで源さんが靴を借りたことは、今朝、凪から聞いた。
小宮さんが、凪から受け取った写真を出した。二十時二十六分。車の前で、源さんの白い靴下が灰色の大きな履物へ入るところだった。顔はない。小鈴の右腕に赤茶色の汚れがあった。
凪の説明には、工具袋の塗料とあった。次の一枚で、源さんが毛布の角を丸め、袖を下から押さえていた。赤茶色が布へ広がっている。空の箱を撮った一枚には、その毛布が四角く畳んで底へ置かれていた。
「靴、借りたって聞きました。来た所は、見てないです」
僕は朝の箱から出た白い靴下を思い出した。写真では、その足が履物へ入りかけている。
小宮さんが、そのあとの動画を開いた。箱の側板は倒してあり、白い靴下が中へ入る。携帯は机のすぐ脇の低い棚へ置いたまま、源さんの顔より下を撮っていた。箱の上蓋と長い側板の端が、同じ画に入っていた。顔へ向けると箱の片端が外れるので、凪は低い方へ戻した。
「これ、ここの床だけですよ」
小鈴が横蓋を膝で押さえた。源さんはもう左足を中へ入れていた。
「分かってる。階段、俺が自分で上がったろ」
「凪くん、車輪で押して。持ち上げないで」
「客、運んでくれ」と源さんが言った。
「客に持ち手ないです」
「あるよ。ここ」
顔の映らない所へ両手が上がった。小鈴が笑い、すぐに毛布の端を引いた。
「源さん、私、三分しかないんですよ。荷物からあなたが出てきて、みんな喜んで、それで半分終わります」
「喜ぶかどうかやってみなきゃ」
「喜ぶんです。それ、私が分からないと思わないでください」
源さんは毛布に腰を下ろし、頭を入口側の短い板へ寄せた。小鈴が箱の後ろを押す。凪は開いた側板が床へ擦れないよう持った。床一枚の継ぎ目で、車輪が止まった。
「はい。止めて」
凪の声のあとで源さんの膝が伸び、手が箱の縁へ掛かった。
「もう一回だけ、今の止まり方を――」
「しません」
源さんは箱の縁へ掌を載せたまま、窓側へ尻をずらした。膝を入口側へ寄せ、今度は足から側板の上へ出した。顔は窓側の短い板のそばに残った。
「帰って来た客、先に見てから立つ。こっちなら、あいつに後頭部、見せねえだろ」
「じゃ、出て来る所を先にやってください。運ぶの、なしで」
「凪が、いい止まり方した」
「私は、客を待つ人をやるんです。客を運ぶ人にはしてません」
源さんが箱の外へ両足を下ろした。上着から折畳みナイフを取り、絡んだ紐へ近づける。小鈴が先に輪を解いたので、刃を開く前に手を戻した。解いた縄は箱の底から抜かず、端だけ床へ置いた。ナイフは椅子へ置いた。
「これ、畳んだままでいい。箱はしまって」
小鈴が毛布を天板へ移した。四角いまま、天板のほぼ半分を隠した。
「その前に、後半、読んでほしいです」と凪が言った。帰って来た客を持主が迎える、彼の続きだった。
「持ってきたら読めるよ」
「あの、途中で直すんじゃなくて」
源さんが折り畳み椅子をもう一脚出し、箱のそばの窓際へ置く。
「戻って来たら、おまえ、客の所で読め。俺はここで持主。立って聞くと口出すから」
小鈴の手が、携帯の前を通った。彼女は車の鍵を取った。
「私は帰ります。車、九時までなんで」
「気をつけて。段差のとこ、先に足下ろして」
「それは、知ってます」
源さんの手が、携帯へ近づいた。画面が黒くなった。
二十時三十八分で、この画は終わっていた。
小宮さんは、僕が知らなかった所があるか聞いた。源さんが後半を読むと約束した所まで、初めて見たと答えた。
原田さんは東へ行ける時間を訊いていた。下ろした箱が残っているか見たいと言った。小宮さんは会社の伝票を持って立った。
僕も立った。画の中では源さんは自分で箱から出て、椅子を出していた。朝、僕が床へ下ろした身体には、同じ人の重さがあった。
東倉庫へ着くと、シャッターは開いていた。
道路の向こうまで水が流れていた。火の色はなかった。濡れた黒いものが入口に集まり、奥の棚は立ったままだった。
原田さんは僕を道路から先へ出さなかった。小宮さんが、そこから置いた位置を教えてほしいと言った。
「箱の長いほうが、シャッターと平行。棚より手前で、もう少し、右」
僕は自分の写真を見た。同じ角から見ても、今は箱がない。
作業着を着た人が、消防の人と話していた。
「僕、隣の区画。パン、買って戻ったら、ここから煙が。八時二十分になる前。電話、残ってる」
携帯を出した。消防の人は、その時にシャッターがどこまで開いていたか聞いていた。僕は声の届くところで待っていた。
「半分より下。下のほうから。でも、火は、中を覗いてないから」
消防の人が頷いた。通報が八時十九分だったことを、記録を見て確認していた。
「消火器、隣から持って来たんです。電話、先にして。あの人、入口にいたから、中の人、出てるか、聞いた」
「中へは入りましたか」
「入ってない。ここから届くとこだけ。煙で、見えなくなったら、もう外で」
その人が入口の端を指した。消防の人は、使った消火器の場所も聞いた。上の棚へ火が届く前に、箱のところで消火したと説明していた。
僕が会社へ車を返していた間だった。朝、電話で聞いた火が、いま目の前に残っていた。
「何時に火をつけたんでしょう」
原田さんへ、小さい声で聞いた。
「ここで訊こう。俺、火が消えたって電話もらっただけだ」
僕はうなずいた。向こうでは、最初に煙を見た位置を同じ人が指していた。
小宮さんが携帯で写真を見せてくれた。焼けた箱は、奥へ移してあった。触る前の状態も撮ってあるという。
外れた蓋の字は読めなかった。箱の右の角が崩れ、縁の黒い板が薄くめくれていた。僕は一度、指を広げてから、元へ戻した。
「これ、同じか聞かれても」
「名前以外に、見分けられるところは?」
次の写真には、内側があった。
板が三枚残り、四つの区画が見えた。いちばん右の区画へ、濡れた衣裳が寄っていた。短い側の手掛けの内側に、板の端が出ている。持つと爪に当たったところだった。
「仕切ってるほうです。この手掛け、内側が狭い」
小宮さんが、車輪を写した一枚へ送った。縁の一部が欠けていた。僕は朝の写真を隣へ出した。取付金具の端から少し離れた穴に、ねじが一本足してある。そこも同じだった。
「僕が運んだのは、これです」
声に出すと、ようやく腹の中が冷えた。
箱の中身を出した写真もあった。衣裳は全部が燃えたわけではなかった。端が黒くなった袖も、濡れて重そうな上着もある。台本の束は下のほうが残り、文字が何行か読めた。
小宮さんは、衣裳の持主がわかるかを聞いた。
灰色の上着があった。襟の内側へ、小さい札が縫ってある。土曜、都が自分の机へ掛けたものに見えた。捨ててよいか聞こうとした上着だった。
「名前、見れば」
「札も、別に撮っています。いま、あなたが見た物から」
僕は頭を上げた。台本の束の隣に、茶碗があった。
花の絵が二つ。口の縁は黒く、新聞紙の切れ端が底へ貼りついていた。
「これ、畑野さんのです」
言ってから、僕は手を引いた。触っていないのに、引いた。
「どこで、見ましたか」
「事務所。昨日、包んでた。持って帰るって。捨てる物じゃ」
小宮さんが朝の一覧を開いた。衣裳、台本、布。
僕が受け取った紙に、食器とは書いていなかった。蓋の字を、土曜に直した。そのことと、中身のことは、別だった。
外へ戻ると、畑野さんが来ていた。
自分の車から降り、小宮さんへ、会社の人もいます、と原田さんを指した。原田さんは返事をせず、担当者へ連絡する番号を渡した。
「歩、同じ箱だった?」
「はい。板と、車輪が」
「ああ。中は、朝のままだよ。詰めたものは、一覧に」
僕は茶碗のことを言いたかった。小宮さんが畑野さんへ近づき、別に話を聞くため、僕らを車へ戻した。
原田さんは運転席へ座り、先に水を飲んだ。
「おまえ、中身、最初に見たのは?」
「いま。入れる前なら、土曜に」
「それ、さっき、話した?」
「はい」
彼はエンジンをかけた。僕は自分の茶碗のある家を思い出した。今日、帰れたら何を食べるか、まだわからなかった。