箱の外で待ち合わせ

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CHAPTER 08 / 19

第八章 焦げた角

署へ行く前に、原田さんが会社へ電話した。

 日曜の伝票と送られた写真を、そのまま保管するよう頼んでいた。最後に、明日の僕の便を別の人へ替えてくれ、と言った。

「出るつもりでした」

「明日の荷は俺が組む。おまえ、今日は乗れ」

 彼は携帯をしまった。僕は何を言えばよいのかわからず、車へ乗った。

 小宮さんは署の机で、朝、誰から会社の鍵を受け取ったかを聞いた。箱を持ったところからではなかった。

 僕は会社へ着き、車を借り、劇場へ行った。畑野さんと箱を積んだ。東倉庫へは畑野さんが先に着いた。入口の少し奥へ下ろした。署名をもらい、帰った。

「シャッターを閉めたところは、見ましたか」

「半分まで。車へ戻っていたので、最後は」

「中へ入った場所を、写真で示してください」

 僕は灰色の床を指した。失敗した写真のほうが、床を広く撮っていた。

 小宮さんは奥へ行ったか聞いた。行っていないと答えると、僕が立った所を写真へ指すよう頼んだ。入口の脇を指した。

 土曜の話へ移った。

 凪は原稿を源さんに残し、小鈴の司会へ出た。そのあと源さんは都に札を取ってもらい、上着を着直した。ルカは道具を車へ入れてから、劇場へ戻っていた。
 畑野さんと都の車が出たあと、僕は源さんから毛布を借りた。月の人へ数を送った。八時九分だった。源さんとルカは台を下ろしてからも、誰へ何と返事するかを話していた。
 小宮さんは、携帯を最後に見たところも聞いた。源さんは台の端へ置いていた。工藤さんのために、引出しを出す順番を録っていた。
「引出しを録った方は、帰る前に源さんが止めました。右二段目って、名前を入れた」

 小宮さんの紙には、僕が帰った時の線が引かれた。線のあとで源さんが靴を借りたことは、今朝、凪から聞いた。

 小宮さんが、凪から受け取った写真を出した。二十時二十六分。車の前で、源さんの白い靴下が灰色の大きな履物へ入るところだった。顔はない。小鈴の右腕に赤茶色の汚れがあった。
 凪の説明には、工具袋の塗料とあった。次の一枚で、源さんが毛布の角を丸め、袖を下から押さえていた。赤茶色が布へ広がっている。空の箱を撮った一枚には、その毛布が四角く畳んで底へ置かれていた。
「靴、借りたって聞きました。来た所は、見てないです」
 僕は朝の箱から出た白い靴下を思い出した。写真では、その足が履物へ入りかけている。
 小宮さんが、そのあとの動画を開いた。箱の側板は倒してあり、白い靴下が中へ入る。携帯は机のすぐ脇の低い棚へ置いたまま、源さんの顔より下を撮っていた。箱の上蓋と長い側板の端が、同じ画に入っていた。顔へ向けると箱の片端が外れるので、凪は低い方へ戻した。
「これ、ここの床だけですよ」
 小鈴が横蓋を膝で押さえた。源さんはもう左足を中へ入れていた。
「分かってる。階段、俺が自分で上がったろ」
「凪くん、車輪で押して。持ち上げないで」
「客、運んでくれ」と源さんが言った。
「客に持ち手ないです」
「あるよ。ここ」
 顔の映らない所へ両手が上がった。小鈴が笑い、すぐに毛布の端を引いた。
「源さん、私、三分しかないんですよ。荷物からあなたが出てきて、みんな喜んで、それで半分終わります」
「喜ぶかどうかやってみなきゃ」
「喜ぶんです。それ、私が分からないと思わないでください」
 源さんは毛布に腰を下ろし、頭を入口側の短い板へ寄せた。小鈴が箱の後ろを押す。凪は開いた側板が床へ擦れないよう持った。床一枚の継ぎ目で、車輪が止まった。
「はい。止めて」
 凪の声のあとで源さんの膝が伸び、手が箱の縁へ掛かった。
「もう一回だけ、今の止まり方を――」
「しません」
 源さんは箱の縁へ掌を載せたまま、窓側へ尻をずらした。膝を入口側へ寄せ、今度は足から側板の上へ出した。顔は窓側の短い板のそばに残った。
「帰って来た客、先に見てから立つ。こっちなら、あいつに後頭部、見せねえだろ」
「じゃ、出て来る所を先にやってください。運ぶの、なしで」
「凪が、いい止まり方した」
「私は、客を待つ人をやるんです。客を運ぶ人にはしてません」
 源さんが箱の外へ両足を下ろした。上着から折畳みナイフを取り、絡んだ紐へ近づける。小鈴が先に輪を解いたので、刃を開く前に手を戻した。解いた縄は箱の底から抜かず、端だけ床へ置いた。ナイフは椅子へ置いた。
「これ、畳んだままでいい。箱はしまって」
 小鈴が毛布を天板へ移した。四角いまま、天板のほぼ半分を隠した。
「その前に、後半、読んでほしいです」と凪が言った。帰って来た客を持主が迎える、彼の続きだった。
「持ってきたら読めるよ」
「あの、途中で直すんじゃなくて」
 源さんが折り畳み椅子をもう一脚出し、箱のそばの窓際へ置く。
「戻って来たら、おまえ、客の所で読め。俺はここで持主。立って聞くと口出すから」
 小鈴の手が、携帯の前を通った。彼女は車の鍵を取った。
「私は帰ります。車、九時までなんで」
「気をつけて。段差のとこ、先に足下ろして」
「それは、知ってます」
 源さんの手が、携帯へ近づいた。画面が黒くなった。
 二十時三十八分で、この画は終わっていた。

 小宮さんは、僕が知らなかった所があるか聞いた。源さんが後半を読むと約束した所まで、初めて見たと答えた。
 原田さんは東へ行ける時間を訊いていた。下ろした箱が残っているか見たいと言った。小宮さんは会社の伝票を持って立った。
 僕も立った。画の中では源さんは自分で箱から出て、椅子を出していた。朝、僕が床へ下ろした身体には、同じ人の重さがあった。

 東倉庫へ着くと、シャッターは開いていた。

 道路の向こうまで水が流れていた。火の色はなかった。濡れた黒いものが入口に集まり、奥の棚は立ったままだった。

 原田さんは僕を道路から先へ出さなかった。小宮さんが、そこから置いた位置を教えてほしいと言った。

「箱の長いほうが、シャッターと平行。棚より手前で、もう少し、右」

 僕は自分の写真を見た。同じ角から見ても、今は箱がない。

 作業着を着た人が、消防の人と話していた。

「僕、隣の区画。パン、買って戻ったら、ここから煙が。八時二十分になる前。電話、残ってる」

 携帯を出した。消防の人は、その時にシャッターがどこまで開いていたか聞いていた。僕は声の届くところで待っていた。

「半分より下。下のほうから。でも、火は、中を覗いてないから」

 消防の人が頷いた。通報が八時十九分だったことを、記録を見て確認していた。

「消火器、隣から持って来たんです。電話、先にして。あの人、入口にいたから、中の人、出てるか、聞いた」

「中へは入りましたか」

「入ってない。ここから届くとこだけ。煙で、見えなくなったら、もう外で」

 その人が入口の端を指した。消防の人は、使った消火器の場所も聞いた。上の棚へ火が届く前に、箱のところで消火したと説明していた。

 僕が会社へ車を返していた間だった。朝、電話で聞いた火が、いま目の前に残っていた。

「何時に火をつけたんでしょう」

 原田さんへ、小さい声で聞いた。

「ここで訊こう。俺、火が消えたって電話もらっただけだ」

 僕はうなずいた。向こうでは、最初に煙を見た位置を同じ人が指していた。

 小宮さんが携帯で写真を見せてくれた。焼けた箱は、奥へ移してあった。触る前の状態も撮ってあるという。

 外れた蓋の字は読めなかった。箱の右の角が崩れ、縁の黒い板が薄くめくれていた。僕は一度、指を広げてから、元へ戻した。

「これ、同じか聞かれても」

「名前以外に、見分けられるところは?」

 次の写真には、内側があった。

 板が三枚残り、四つの区画が見えた。いちばん右の区画へ、濡れた衣裳が寄っていた。短い側の手掛けの内側に、板の端が出ている。持つと爪に当たったところだった。

「仕切ってるほうです。この手掛け、内側が狭い」

 小宮さんが、車輪を写した一枚へ送った。縁の一部が欠けていた。僕は朝の写真を隣へ出した。取付金具の端から少し離れた穴に、ねじが一本足してある。そこも同じだった。

「僕が運んだのは、これです」

 声に出すと、ようやく腹の中が冷えた。

 箱の中身を出した写真もあった。衣裳は全部が燃えたわけではなかった。端が黒くなった袖も、濡れて重そうな上着もある。台本の束は下のほうが残り、文字が何行か読めた。

 小宮さんは、衣裳の持主がわかるかを聞いた。

 灰色の上着があった。襟の内側へ、小さい札が縫ってある。土曜、都が自分の机へ掛けたものに見えた。捨ててよいか聞こうとした上着だった。

「名前、見れば」

「札も、別に撮っています。いま、あなたが見た物から」

 僕は頭を上げた。台本の束の隣に、茶碗があった。

 花の絵が二つ。口の縁は黒く、新聞紙の切れ端が底へ貼りついていた。

「これ、畑野さんのです」

 言ってから、僕は手を引いた。触っていないのに、引いた。

「どこで、見ましたか」

「事務所。昨日、包んでた。持って帰るって。捨てる物じゃ」

 小宮さんが朝の一覧を開いた。衣裳、台本、布。

 僕が受け取った紙に、食器とは書いていなかった。蓋の字を、土曜に直した。そのことと、中身のことは、別だった。

 外へ戻ると、畑野さんが来ていた。

 自分の車から降り、小宮さんへ、会社の人もいます、と原田さんを指した。原田さんは返事をせず、担当者へ連絡する番号を渡した。

「歩、同じ箱だった?」

「はい。板と、車輪が」

「ああ。中は、朝のままだよ。詰めたものは、一覧に」

 僕は茶碗のことを言いたかった。小宮さんが畑野さんへ近づき、別に話を聞くため、僕らを車へ戻した。

 原田さんは運転席へ座り、先に水を飲んだ。

「おまえ、中身、最初に見たのは?」

「いま。入れる前なら、土曜に」

「それ、さっき、話した?」

「はい」

 彼はエンジンをかけた。僕は自分の茶碗のある家を思い出した。今日、帰れたら何を食べるか、まだわからなかった。

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目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角読書中
  9. 09聞いていた人
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

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