「脚、ついてないです」
ルカは写真へ顔を近づけた。
「正面で、一人、支えて。その人が持ってから、箱を下ろして。先に箱だけ取ると、こっちへ倒れる」
「壁へ穴を開けるほうが早いですか」
「窓、ガラスないです。そこから後ろ、見られる。壁を動かすなら、二人。下の枠、板だけ掴むと、割れます」
僕は写真の下を指した。手袋を鞄から出したところで、警察官が、こちらでやります、と言った。手袋はまた戻した。
ルカが都の名前を呼んだ。車の音に重なった。店の中へ届いたか、わからなかった。
姉は花屋の軒へ下がり、冷たいねと言った。僕が足元を見ると、薄い靴下だった。花屋の人が、中へ寄っていい、と声をかけてくれた。
ルカは道路の縁から動かなかった。
木の擦れる音がした。
ガラス戸が開いている間に、中から椎名さん、と呼ぶ声が聞こえた。車が二台通った。三台目が来る前に、硬い短い音がした。
ルカが道路へ足を出した。向かいの警察官が手を上げ、彼は止まった。僕も同じところで止まった。
白髪の男の人が、店の横で電話していた。大家だった。鍵束を片手で握り、小部屋は元の洗濯機置場、裏から入る戸はない、と答えていた。
電話を切ると、僕らへ近づいた。
「持ち物、あった。奥の戸の中から、音、したって。いま、棚を」
「都は」とルカが聞いた。
「まだ。中の人が」
救急車が角を曲がった。僕は音より先に、理容室へ当たる赤い灯りを見た。
姉が上着を脱いだ。ルカが手を出すと、今度は渡した。彼は胸へ抱え、救急隊が中へ入るのを見ていた。
「持つよ」と僕が言った。
「持ってる」
声が強かった。僕は自分の手を下ろした。
大家がポケットへ鍵を入れようとしていた。口へ金具が引っかかり、上着を何度も引いた。僕はその手を見ていた。ガラス戸がまた開くと、すぐ顔を上げた。
警察官がこちらへ来た。
「椎名さんが見つかりました。意識はあります。いま、救急隊が確認しています」
姉は両手を口へ上げた。ルカは上着を見た。袖を握り直し、都、と、小さい声で言った。
担架に横になった都は、頬に擦り傷があった。
結った髪が片方ほどけ、肩の下へ入っていた。ルカが近づくと、閉じていた目が少し動いた。
「都」
彼はそれ以上、言わなかった。上着を救急隊の人へ渡した。姉が自分の名を言い、病院へ一緒に行くと伝えた。
都は顔を向けかけ、途中で止めた。唇が動いた。
缶、と聞こえた。
ルカはポケットから出した。薄い花の模様があった。蓋へ親指を掛けると、都が顔をしかめた。彼は開けずに見せた。
「これ。ある」
都がわずかに頷いた。
救急隊の人が担架を動かした。姉が付き添い、ルカへ病院で会おうと言った。彼は缶をしまい、扉が閉まるところをすぐそばで見た。
車が出ると、僕は花屋の軒へ戻った。壁へ手をつかなければ立っていられなかった。榊さんが低い丸椅子を借りてくれた。
座ると、膝が高く上がった。作業着の尻の布が引っ張られた。
笑いそうになった。ルカがこちらを見た。
「歩」
「椅子、低くて」
言うと笑ってしまった。そのまま息が詰まって、両手で顔を覆った。ルカは隣へしゃがんだ。僕は、これが椅子のせいじゃないことを説明できなかった。
警察官が壁板をどけた写真を見せてくれた。
白い戸の前に金属の棚があり、床をずらした黒い跡が残っていた。壁板で隠れていた場所だった。
「戸の前の棚を動かしました。中から、足で戸を叩いて応じてくれました」
僕は写真を見た。床は小部屋の中にも続いている。
大家は、土曜の五時前に帰ったあと、都が来るとは聞いていなかったと言った。引き払うのは今月末で、鍵もまだ返してもらっていない。
ルカが病院の名前を榊さんへ聞いた。姉から電話が来た。都は電話が終わったあとに棚を引く音を聞いたと言っていると、榊さんから小宮さんへ伝えた。脚の束は棚の脇で、紐が掛かったままだった。昨日、畑野さんが荷台へ束のまま置き、縄を掛けた脚だった。
僕は凪へ、見つかった、と送った。すぐ電話が来た。
「生きてる?」
「うん。ルカへ、缶って」
向こうで何かが倒れた。凪が、大丈夫です、と誰かへ言った。
「こっちも、伝える。小鈴さん、隣にいる」
僕は手を膝へ下ろした。鞄へ戻した手袋を、今日、まだ使っていなかった。