箱の外で待ち合わせ

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CHAPTER 01 / 19

第一章 運んだ箱

僕が運んだ箱は、その日、焼けた。

 中に入っていたのは、衣裳と古い台本と布だった。そう書いた紙をもらっていたし、箱を詰めた人の名前も、受取りの署名も残っている。

 なのに、箱を運んだ朝のことを聞かれると、僕は中身の話からできなかった。自分の指に当たった板の角を、いちばん先に思い出した。

 金曜の午後、料理の本が詰まった箱を運んだ。

 客は、最後の一箱を台所の入口で待っていた。僕が床へ下ろすと、底をのぞき、汁が出ていないかを見た。

「汁ですか」

「醤油、捨てるの忘れたの。使いかけでごめんね」

「本って、聞いてました」

「本も入ってる」

 開けた箱の隅に、新聞紙で巻いた瓶が立っていた。原田さんがそちらを押さえたので、僕は反対側の本を出した。客が台所の棚へ自分で運び、一冊だけ、コンロの横へ置いた。

「今夜、作るんですか」

「買う。これ見て作るのは、引っ越して一週間たってから」

 原田さんが笑った。客は瓶を持って、玄関へ戻った。

「これは捨てる。もう二本、開けたのがあるのよ」

 車へ戻ると、原田さんが日曜の伝票を見せた。僕の知っている劇場の住所があった。

「日曜の便、ここからだろ。今日、下見できるか」

「行くつもりでした」

「じゃ、箱を見とけ。大きいの一つじゃ、車、決められない。寸法も送れよ」

「中身は、廃棄する衣裳で」

「それも、現地で。頼んだ人に聞け」

 日曜の仕事を頼んだのは畑野さんだった。日付を確認する電話の途中で、月も運べないかと聞かれた。会社の車なので無理だと答えると、じゃあ月の人には自分で車を出してもらおう、と言ってくれた。人を断るより、荷物を断るほうが僕は少し楽だった。

 木曜日という名の劇場は、品川区北品川にある。旧東海道から細い道へ入った先だった。

 僕は倉庫で着替え、自転車で行った。正面の扉に『今月末閉館』の紙が貼ってある。剥がれかけた右下を押すと、指へテープがついた。

「そこ、貼り直すなら、新しいのあります」

 凪が中から言った。携帯を横に構えていた。

「撮ってる?」

「閉めるとこ。一回、閉めていいですか」

「僕は外?」

「外。入る時、扉、見ないでください」

 扉を閉めたあと、僕は一度だけ見てしまった。もう一回、と凪が言った。

「閉館の人って、どこ見て入るんだろ」

「目、閉じます?」

「転ぶ」

 凪は画面を下げて笑った。二十歳で、僕より三つ下だ。劇場に来たころは、何も喋らずに舞台を撮っていた。今は、僕にも注文をつける。

 廊下では、都が紙袋をほどいていた。型紙の先が上へ出ていて、持ち手へ重さが掛かっている。

「これ、底、危ない?」

「何入れるの」

「紙。厚い紙。月曜に持って帰る」

「今の量なら。でも、上から引っ張らないほうが」

 僕は折り目を広げ、底へ段ボールを一枚入れた。都が端を切ってほしいと言う。裁縫の鋏を取ると、違う、と手を出した。

「そっちは布。紙の、赤い柄」

「これか」

「うん。箱、畳む時にも貸したでしょう。今週、納品三つあるから、切れなくなると本当に困る」

 ルカが机の向こうから紙切り鋏を渡した。右の手首に黒いサポーターを巻いていた。ルカは右を机の上へ残し、左で鋏を渡した。僕は赤い柄を受け取った。

「棚、月曜に持って帰るんだよね」

 ルカが都へ聞いた。

「棚は、値段聞いてから。袋だけ」

「俺の車、明日まで。知ってる人に聞いてみる」

「その人、いつ運べる?」

 ルカは携帯を見た。

「聞くところ」

 都は袋の底を押した。まだ返事のない車へ合わせて、型紙を動かす気はないようだった。

 作業室では、源さんが月の縁を削っていた。月は大きな円の上から三日月の形を切り抜いた、舞台の道具だった。表は黄色、裏は茶色。僕がしゃがむと、源さんは削っていないほうを持てと言った。

「日曜、子供の劇団の人が来ます」

「何時」

「十一時半。二人、車も」

「毛布、あるか」

「会社へ聞いたら――」

「ここにある。貸すだけだ。持って帰られるなよ」

 僕が月を傾けると、裏の字が見えた。電話番号と、渡す相手の名前。源さんはその下へ、自分の番号も書き足した。

「割れたら、俺に電話しろ」

「割らないつもりです」

「向こうがだ」

 凪が携帯を取った。

「歩さん、最後の上演も撮っていいですか。俺も一本作るんで」
「小鈴の?」
「今やってるのを使って、別のにします。仕事の映像じゃなくて、俺が出すやつ」

 凪は僕へ携帯を見せた。閉館の短い映像を頼んできた人から、扉の画をもう一度送ってほしいと来ていた。
「入る方じゃなくて、閉まる方でした」
「もう一回、閉める?」
「俺がやります。歩さん、これ、ちょっと持ってて」
 僕へ渡しかけ、やめた。源さんの月を削る手に光が当たっていた。
「扉、閉まるとこでした。そっち送ったら、また撮れる」
 扉の画を選び直してから、凪は鳴った電話へ出た。

「出演者はいます。いま本人もこっちにいるんで。尺は、送った分で」

 僕へ背を向け、小鈴の名前を言った。源さんは削り残した所を探していた。
 畑野さんが、肉まんの袋を抱えて来た。

「手、いったん洗って。こっち、もう開けるよ」

 源さんは月を置いた。都は型紙を袋へ戻し、ルカが流しへ行った。僕が一つ取ると、畑野さんは薄い紙を僕の掌の下へ入れてくれた。

「熱いところ、出てる」

「ありがとう」

 十九歳の時、僕は家を出た。父へ言い返して、仕事もなく、自転車で来た。ここへ来れば眠る場所くらいあると思っていた。自転車の鍵をなくし、裏口で車輪を持ち上げていた。

 畑野さんは理由を聞く前に、前輪を抱えてくれた。鍵を探す間、冷めた焼きそばを出してくれた。食べ終わったあとも帰れなくて、客席の椅子を一緒に並べた。

 今も、最初に何を食べたかだけはよく覚えている。僕は役者にはならなかった。舞台へ出ると台詞が速くなる。それでも月を包むのなら、手伝える。

「歩。箱、こっち」

 畑野さんに呼ばれ、廊下へ出た。

 事務所の入口には、枕を押し込んだ段ボールがあった。花の茶碗が新聞紙の端から見えていた。

「来週、部屋の鍵を受け取る。今度は布団も広げられるよ」

 畑野さんが言った。

「決まったんですか」
「うん。月曜には仕事の説明も。荷物を受け取るほうになる」

 彼は部屋の申込みの控えを枕の横へ入れた。僕が蓋を持つと、まだ使う物も入っている、と閉めなかった。
 黒い長箱が二つ、並んでいた。蓋に『旅箱』『食器』とある。僕は肉まんを袋へ戻し、箱の前へしゃがんだ。

「日曜、どっちですか」

「旅箱」

 留め金を外すと、内側は板で四つに仕切られていた。衣裳を入れるには、少し狭く思えた。

「これ、前は、何を入れてたんですか」

「食器」

 畑野さんが答えた。僕は蓋の字を見た。

「ああ。蓋、逆かな。今週、塗り直したから」

「俺、塗りました」と凪が言った。

 彼は二つの箱の前へ座り、乾いた塗料の出っぱりを爪で押した。どちらの蓋も同じ大きさだった。

 作業室の椅子には源さんの替えの白いシャツが掛かっていた。灰色の服を試す時は、畑野さんがそこを空ける。
 戸には上の方に細長いガラスがあった。源さんが中へ戻ると、台の端だけがそこから見えた。戸へ近づくと見えなくなり、畑野さんの段ボールを避けるため離れると、奥の白いところが入った。
「そこ、ぶつけるな。まだ枕、潰したくないから」
 畑野さんが僕の箱を支えた。僕は横へ向きを変えた。中の台まで、ガラスの端へ逃げた。
 僕が箱を引くと、一つの車輪が床の継ぎ目で止まった。しゃがむと、その車輪の縁が欠けていた。内側の手掛けに指を入れ、持ち上げる。爪が板の端へ当たった。

「こっち、狭い。持つ時は、手袋いります」

 写真を撮って立つと、入口へ知らない女の人が来ていた。

「榊です。門脇さんと、六時に」

 畑野さんの笑顔が、少し遅れて出た。僕はその人を作業室へ通すため、通路の毛布をどけた。

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目次

箱の外で待ち合わせ

  1. 01運んだ箱読書中
  2. 02三分の役
  3. 03窓の裏
  4. 04帰ってから
  5. 05下ろした分
  6. 06受取人の署名
  7. 07靴の袋
  8. 08焦げた角
  9. 09聞いていた人
  10. 10店の前
  11. 11持ったまま
  12. 12二つの水
  13. 13切る方
  14. 14見られる客
  15. 15聞こえる方
  16. 16土曜の九時
  17. 17返す紙
  18. 18台を下ろす
  19. 19終章 二回目

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